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特別でない、だからこそ見えてくる何か、原美樹子の世界 ~ Photopaper 44/45

 2019年10月から4ヶ月にわたって、「写真展・写真集の感想をSNSで書くための文章講座」を受講していた。本講座の目玉は、写真家を受講生がインタビューし、それほ文章にまとめる点だ。そのインタビューには、2017年に木村伊兵衛写真賞を受賞された原美樹子さんをお招きした。ちょっと贅沢な講座だった。文章は最終課題として提出し添削ののち戻ってきた。残念ながら優秀作には選ばれなかったが、お蔵入りももったいないのでここに公開したい。以下は添削いただいた内容の一部を反映したものとなっている。

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 2019年10月に発売された原美樹子の写真集「Photopaper 44/45」を通じて、原美樹子という写真家を考察する。
 本作は、ドイツのカッセル・フォトブック・フェスティヴァルを運営する非営利組織によって、高品質な写真集を手頃な価格で提供するコンセプトのもとで定期刊行されているシリーズの一冊にあたる。タイトルにある「44/45」とは、その44作目と45作目を合本して出版したという意味を持ち、バックナンバーには水谷吉法、市田小百合、殿村任香などの写真家が名前を連ねている。
 本写真集には、Kyrieという副題が添えられているが、これは主に2014年から2018年にかけて撮影された写真をまとめたシリーズを指す。原は、撮影年代を軸に作品をまとめていく傾向があり、シリーズごとに簡素なタイトルが付けられている。
 横浜市民ギャラリーで2019年9月から10月にかけて開催された企画展「新・今日の作家展2019 対話のあとさき」に原は参加しているが、このときもKirieからの展示だった。写真集のオファーが先にあり、まとめた後に企画展の話をもらい、写真集には入れられなかった作品も含めて展示している。
 原は、写真制作を始めた1996年以来、スナップ撮影による作品制作を信条にしている。原を原たらしめる特徴のひとつは、6x6中判カメラを用いたノーファインダー撮影と言えるだろう。1996年に友人に勧められ、ツァイス・イコンのイコンタに惚れ込み、未だにメイン機材として使い続けている。正方形というフレームにノーファインダーによる日の丸構図に収まらない、不安定な構図が生み出す独特な世界は、その外側にある情景までもを写し撮っている印象を受ける。
 原の経歴は少しユニークだ。大学を卒業しOL生活を経験したのち、そこから逃げ出すかのように日吉にある写真学校に入学する。写真学校では、街中の雑踏に紛れてシャッターを切りまくる訓練を受けたと言う。それはまるで特殊工作員を育成するような訓練だったと、彼女は笑いながら当時を振り返る。実習を通じて撮影スタイルを試行錯誤し、ノーファインダーという手法に落ち着いていった。ストリートスナップというスタイルは、おそらく彼女と相性の良いものだったのだろう。スナップ撮影を通じたある種の快感は身体に染みつき、写真家として生きていくことを選択することになる。
 ノーファインダーについてもう少し語りたい。30年以上継続する撮影スタイル、当然眼も身体もそのやり方に慣れてくるはずだ。ましてや同じカメラ。ファインダーを覗かなくても仕上がりを想像できてしまうのではないかという疑問が生じる。しかし彼女はこう答える。
 「仕上がりを見るまで、未だにどう映っているか想像が付かない。手応えのあったカットだったのに上がりを見てがっかるすることは良くある。いまでも上手く撮れないことがほとんど。あっと思ってもカメラを出して設定をしている間にチャンスを逃すことばかり。人を撮るのは怖い。でも、そこで身構えて撮ることも含めてわたしの写真だと受け入れている。」
 彼女の言葉はとても誠実に聞こえる。上手くいかないことばかりだからからこそ、彼女は未だに同じスタイルを続けられているのかもしれない。
本写真集に添えられている、Kyrieと言う言葉には「祈り」という意味があるとのことだが、そのことに深い意味はないと彼女は語る。
 「私の撮影スタイルはカメラに委ねている部分が多いが、同じように作品も観る側に委ねていることを意識している。特別な場所で撮っているわけでも、初めて見る光景を捉えているわけでもない。見ているようで見ていない世界を写真で切り取ることで、新しい発見をもたらせたらと思う。言葉は強いので、それに引っ張られることなく、みんなの中にある言葉や感情、記憶の断片につながるようなことになったらいいなと思う。」
 原の写真の魅力は、これらの言葉からうかがえるように、写真家の手を離れて鑑賞者に委ねている部分にあるのかもしれない。そんな原のもつ写真の魅力は、この写真集「Photopaper 44/45」からも十二分に伝わってくる。機会があれば、ぜひ手に取ってみて欲しい。

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