菊池與志夫氏より(消息十五)
世人はひとしく明るい、暮し
易い社會を渇望してゐるのに、
容易に思ふやうな世の中となり
ませぬ。最近の重要商品及び株
式の昂騰、低金利、金融緩漫等
の經濟界の實相は、幾分我われ
の周圍を力づけては呉れますが
これとても遊資處分難を如實に
語るに過ぎず。依然として消費
萎縮を解脱し得ませぬ。諸種の
事業會社は未曾有の難關に直面
し、どうやら整理の目鼻はつき
ましたが、心機一轉、事業擴張
の機運の芽生に迄行きつくのは
前途遼遠であります。然し、從
來の不況のどん底からは幾分づ
つでも浮み上りつつあることは
確かであります。さり乍ら、こ
れとても只一部分の人のふとこ
ろがふくれる丈では駄目です。
世人一般が明るい生活の喜びに
踊る日は何時來るでせう。私は
一事業會社の從業員として漸く
その日暮らしをして居りますが
總ての從業員が前途の光明を確
信して、専心に努力するに非れ
ば、到底、眞の好景氣を招來す
ることは六づかしいと思ひます
あまりごぶさたして居ますの
で、甚だ鹿爪らしくはあります
が、一言愚見を述べさせて頂く
次第であります。(五・三・二〇)
(越後タイムス 昭和六年三月二十九日
第一千三號 一面より)
※サムネイルの写真は清洲橋(一銭亭撮影)
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