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王 友 釣 魚 便 り (王友第十三號)

         本 社 眠   魚

◇六月十二日◇
 昭和十一年四月入社の新人の内、間瀨、芳賀、小西、只腰、岩瀨、磯部、安倍、鏑木、三宅、近藤、大島の諸君と、地方から本社勤務になられた、石井、横山の兩氏を加へ、十三人の新加入を得て、王友釣魚部の陣容威風堂々たるの觀があるので、その歡迎を兼ね、新舊部員の懇親會を陶々亭で開催した。各新人は立上つて自己紹介をなし、釣魚の經歴を述べた。

◇六月二十一日◇
 海釣りの季節になつたので、新人の腕試しを兼ね白ギス釣會を催した。小林、依田、横山、權藤、田代、永井、坂田、財津、太田、高野、楳田、安部、高橋、菊池の諸氏十四人が、三艘のモーター船に分乗して、品川の船宿から川崎大師沖の釣場へ向つたが、生憎の南風で波浪高く、釣場へ着く迄に半死半生の船醉者が續出して、到底竿を持つ元氣もなく、僅かに心臓の强い小林會長、依田、高橋、菊池の諸氏が五六尾づゝを釣り上げたのみで、正午過ぎにはお臺場の蔭へ避難するといふ有樣で、今日の會は散々の態であつた。

◇十月十七日◇
 今日は秋季釣魚小會を江戶川工場の貯水池で行ふ。朝七時半迄に有樂町驛前に集合の定めだ。定刻迄に、田代、石井、高野、三宅、坂田、依田、楳田、永井、相澤、高橋、菊池の諸氏が、夫ぞれ特色のある釣仕度も物ものしく、元氣の良い顔を見せる。釣魚好きは朝の早いのは平氣だし、時間を嚴守する點氣持が良い。
 八時半江戶川着。曇り日で時どきパラパラ雨が降るが、風は北風のごく弱い、申し分のない釣日和である。池は五十間に百間、五千坪の大池で、岸にはあしやすすきが一面に繁茂してゐるが、釣場のところだけは路がつけてある。池の藻も適當に刈つてある。いづれも工場の御好意によるもので、吾われを溫い心で迎へてくださつたのはありがたい。
 九時、各自思ひ思ひの場所を選んで釣り始める。
 南岸へ陣取つたのは、石井、依田、田代、永井の諸氏で、リール竿や四間半の長竿で大物賞を覗ふ、一行中の山師派に屬する人達で、北から西岸へ大人しく座つたのは、その他の諸君で、これは大物よりも數を上げて目方賞にあやからうとする、穏健着實派である。さあ、どちらに軍配があがるか、午後四時のゴール迄は一切分らない。
 見ると大物派は江戶川堤の櫻竝木の下で、あしの葉ごしに、立ちづくめの大活躍である。
 石井氏は北海道仕込みのリール竿を振つて、そのたびに車の音がギリギリッと、靜かな秋空に快く響く。田代氏は例の四間半の長竿を上段に振りかぶつて、ビュンビュンと向ひ風と戰つてゐる。永井氏はこゝぞと思ふ壺があるらしく、一ヶ所にぢつと落付いて、自信ありげに、時どき銀鱗を閃めかしてゐる。宛然大家の面影がある。
 草むらではころぎが鳴いてゐる。かすかに工場の機械の音がにぶく傳はつて來る外は、何の物音もきこえない。たゞ蟲の聲ばかりである。藻の間に浮んだうきを見つめて無念無想、釣魚の三昧境に入つて了つた。

目方賞  一等  相 澤 武 雄氏   
            三五五匁
     二等  永 井 潤 二氏   
            三三三匁
     三等  田 代 名 兵 衛氏    
            二二六匁
     四等  石 井 亮 二氏   
            二二二匁
     五等  依 田 政 雄氏   
            二一四匁
     賞外  楳 田 信 雄氏   
            二〇五匁
     同   坂 田 圭 司氏   
            一八二匁
     同   高 橋 勝 太 郎氏    
            一七二匁
     同   三 宅 信 彦氏   
            一六四匁
     同   高 野 五 郎氏   
            一六〇匁
     同   菊 池 義 夫氏   
            二二〇匁
     大 物 賞 菊 池 義 夫氏  
           鮒五寸三分

 菊池氏の目方は二二〇匁で、目方賞の五等に入賞すべきであるが、大物賞に當つたので規定に依つて目方次位者に譲つたわけである。
 この日の獲物は鯉こそゐないが、鮒、鰻、口細、鮠、ワカサギ等の多種で皆を喜ばせた。鮒釣りが目的だつたから、鯉を釣り上げた人はゐなかつたが、仕掛さへ變へれば相當の鯉が釣れる筈である。
 こうして結果は大番狂はせに終つた。大物覗ひに大物賞はゆかず、腕自慢の名人達には目方一等賞は當らず、あたら驅け出しの相澤、菊池の兩氏にしてやられたのは皮肉である。
 こういふ點は確かに釣魚の面白いところである。
 秋の日脚は短かい。賞品授與を終る頃には、日はとつぷりと暮れて、かすかに池の面が光つてゐる。
 「恰度今頃から魚の喰が立つのだがね。」
と云はれる北村工場長のお話しに、一同未練を感じたが、又の日を約して工場の方がたの御厚意を謝し乍ら、みのり豐かな葛飾の野をあとにした。

◇十一月二十四日◇
 我部員章として、純銀臺七寳入りのバッヂを作製した。その圖案は筑紫君に模寫してもらつて、本文カットに掲げたものである。

◇十一月二十九日◇
 秋季海釣大會を開催した。參加者十二人。前日の無風好晴にひきかへ夜來の北風强く、洲崎沖で二時間餘停船後、漸く正午近くなつて風も凪ぎ、暖かな小春日和となつたので、勇躍中川尻沖の釣場に向つた。舊人巨頭連が夫ぞれ事故のため不參だつたが、その代り元氣一杯な新人が張り切つて、一、二、四等及びブビ―賞などの賞品のいいところを獲得されたのは大いに愉快であつた。東京の近海から魚族が漸だん減少するのと、天候に災ひされたために、収穫は到つて貧弱であるが、都會地の釣魚がいかに惠まれないものであるかといふことを、地方の方がたに知つて頂きたいと思つて、御愛嬌までにその結果を左に記する次第である。

順位 氏名    鯊  メゴチ 合計 外道シャコ 
一等 安部君  八   〇   八    一
二等 大島君  六   一   七    〇
三等 坂田君  五   〇   五    〇
四等 只腰君  四   〇   四    〇
五等 高橋君  三   一   四    三
六等 永井君  三   〇   三    一
七等 相澤君  三   〇   三    〇
八等 小西君  一   二   三    二
九等 權藤君  一   一   二    四
十等 三宅君  〇   〇   〇    〇
(ブビ―)
十一等 磯部君  〇   〇   〇    四
十二等 間 瀨 君  〇   〇   〇    〇
    計   三五   五   四〇   十五
      (註―――順位は鯊を主とす。)
                   (終)


(「王友」十三號 
 昭和十二年三月十五日 發行より)


#王友 #旧王子製紙 #昭和十二年

           紙の博物館 図書室 所蔵

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