實用書二册
「ダイヤモンド」と云ふ雜誌
がある。當今、我國に於ける
經濟雜誌中の白眉であり、凡
そ、株式投機或は株式投資を
爲す者の必讀書と稱せられて
ゐる。自分も一時、同誌を愛
讀して、多少の恩惠を蒙り、
且つ經濟的智識を啓發せられ
た一人である。然るに、同誌
といへども、その示すところ
必ず誤謬なしといふことは出
來ない。時に甚だしき見當違
ひを爲し、吾われ利慾の亡者
共を惑はすこと再々である。
曩には日清製粉會社に關する
記事の如き、その最なるもの
である。然し、同誌は、誤りな
りと認むれば、直ちに、それ
を正誤し、且つ再調査研究を
して、陳謝の意を表するを常
とする。これは、他誌の企て及
ばざる美點であつて、同誌の
主幹たる石山賢吉氏の人格の
然らしむるところである。こ
れあるが爲めに、たとひ、二、
三の誤斷を爲し、讀者に損害
を與ふることあるも猶ほ、讀
者の信用を喪失せざる所以で
ある。
ダイヤモンド社は又、經濟
圖書出版を經營してゐる。そ
の出版書には有益なるもの尠
少ではない。「改訂増補經濟記
亊の基礎智識」の如きはその
一である。本書の題名の示す
ところに依ると、新聞雜誌の
經濟記事に属する、特殊なる
解説のやうにも、うけとれる
けれども、その内容を一瞥す
るに、主として我國に於ける、
重要なる經濟組織並に事業組
織の、比較的詳細なる、常識
的解剖であつて、本書を通讀
すれば、その大腰を會得でき
るのである。本書は四六判三
段組七百七十頁の大册であつ
て、その大項の一班を擧げる
と、「株式」「金融及爲替」「外國
爲替」「信託」「保険」「海運」「陸
運」「物價」「貿易」「綿糸」「綿織
物」「綿花」「蠶糸」「絹織物」「人
造絹糸」「毛織物」「モスリン」
「製麻」「製粉」「製糖」「製紙」
「セメント」「石油」「肥料」「護
謨」「精銅」「製鐵」「石炭」「米」
「電氣」の三十項目に大別せら
れ、各項目共更らに十數の小
項目に分れ極めて平易に記述
してある。
これ丈けのことを頭に入れ
て置けば、實業戰線に立つ吾
われが、仕事上で他人にひけ
をとることや或は非常識漢な
どと輕蔑的汚名を與へられる
憂ひはないと信じる。吾われ
實業修業に志す者にとつて
第一に留意すべきは常識の涵
養あるのみと云つても決して
過言ではない。これは十二年
間一營利會社員として苦行し
て來た自分の体験であるから
敢て申上ぐるのである。本年
實業學校を卒へて、實業界へ
の第一歩を踏み出す青年諸君
には特に本書の如きを熟讀せ
られて、經濟的常識の涵養に
努められんことを切望する次
第である。因みに本書の定價
は一圓三十錢である。
この種の出版書に、東京朝
日新聞社經濟部編、日本評論
社出版の「通俗財話」がある。
これは簡便なるポケット版で
あつて、前述のダイヤモンド
社出版書に比すると、多少政
治的内容を加味せられてゐる
その内容は、第一篇財政、第
二篇通貨と信用第三篇銀行と
金融、第四篇外國爲替、第五
篇取引所、第六篇繊維工業、
第七篇化學工業と鑛業、第八
篇鐵道及船舶、第九篇電氣、
瓦斯及保険、第十篇組合、第
十一篇物價と商品の十一項目
に分たれ、四六半裁版四百頁
の小册中に、手際よく要領を
つくしてある。第一篇財政は
云ふ迄もなく國家の財政に關
し、第十篇組合は、「産業組合」
「小作組合」の二項に就き記述
してある。これら二篇は前書
にはないけれども、その他の
項目に属するものは總て収錄
されて居り、且つ後書に比し、
遥かに詳細である。「通俗財話
」は、定價一圓で少々安價では
あるけれども、これから買つ
て讀まうと思ふ諸君には、前
書の方が、内容の豊富なだけ
有益である。
最後に特筆すべきは、兩書
共その記述者の文章の秀れて
ゐることである。ことにダイ
ヤモンド社の記者は文章に一
つの型を持つてゐて、それは
讀者に甚だ好感を與へるので
ある。自分の常に珍重とする
ところである。
(昭和五年四月稿)
(越後タイムス 昭和五年四月十三日 第九百五十四號 三面より)
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