菊池與志夫氏より（消息十七）
◎葉月樣、久振りに御便りに接
しなつかしく拜讀致しました。
先日は日光、伊香保、鹽原等の
溫泉鄕へ紅葉をお訪ねの由、每
號御紀行文を愛讀して居ます。
私は先月ちょつと鬼怒川温泉へ
行つて見ましたが、エロ百パー
セントと、時雨の寒さとには驚
ろきました。鬼怒川べりに釣竿
を垂れて、うぐひの五寸位のも
のを一匹つりました。
◎日米野球戰を二度みました。
對早大戰と對全日本二回戰とで
す。對早大戰は興味津々たるも
のがありました。グローブが投
げたことと、一寸本氣を出して
みせたこと等、その眞實の力は
判らないのですが、七回裏の攻
撃は、全員眞劍で打つたことは
確かです。彼等の神技、憎い程
のチームワークには學ぶべき點
が多いと信じます。兎に角、世
界一の投手グローブの投球を見
た丈けでも大きな収穫であつた
と思ひます。
◎愈々野球シーズンも終末に近
く、目下ラグビーシーズンです
が、三月八日から、殆んど休日
を全部野球で暮りた私達のチー
ムも、來春迄冬眠します。アマ
チュア軟式野球ではありますが
身体は丈夫になりますし，闘志
は强大になり、どんないい試合
をみることよりも、自分でやる
ほど面白いことはありません。
私は野球の功徳を十分に認める
者であります。これから暫らく
靜かな生活を續けられさうです
から、舊稿を整理したり、何か
ぽつぽつ書かうと思つて居ます
から、出來ましたらお送り致し
ます。
◎滿州のことを思ふと、安閑と
はしてゐられないのですが、正
義の前には何ものも怖ろしくは
ない筈です。相變らず不景氣の
どん底で、徹底的な打開策が講
ぜられなければ、我々の一身の
安全も保し難い程の狀態ですか
ら、今のところどうにか平和な
その日暮しを續けて居ますが、
いつどうなるか分りませぬ。正
月休みには是非雪見に御邪魔し
たいと思つて居ます。その節に
は前以てお知らせ致します。
（十一月二十六日）
（越後タイムス 昭和六年十一月廿九日 第一千三十八號 五面より）
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