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私がnoteを始めた理由

 はじめまして。平川一成(いっせい)(@hirakawa_issei)と申します。今回は、私がNoteを始める理由について書かせて頂きます。どうぞよろしくお願いします☺️

 少し自己紹介になってしまいますが、私は今年(2019年)3月に大学を卒業し、実家が経営している接骨院で手伝いをしています。大学卒業と同時に「柔道整復師」という国家資格を取得しました。この資格は、医師でなくても骨折、脱臼、捻挫、打撲などの外傷を手当することができる医療資格です。
 この資格を保持しているほとんどの人は、接骨院、整骨院や整形外科などの医療機関で働いています。

 現場に出てるとよくわかるのですが、接骨院業界は厳しい状況にあります。ひと昔は、整形外科のある病院が少なかったので、怪我すると、とりあえず近くの接骨院で診てもらっていたのが、整形外科が増えるとともに、とりあえず整形に行けばいい。になりました。

 現在の接骨院は外傷の患者さんはほとんど来ません。そもそもの外傷の数自体も減ってきているのもあります。保険の効く怪我の治療でなく、保険の効かない実費の施術(マッサージ)で食っているのがほとんどだ。

 学校では、外傷の勉強ばかりさせられるのに、外傷がほとんど来ないなんてことは学校では教えてくれないことです。本当はマッサージも、あん摩マッサージ指圧師という資格がないと行っては行けません。柔整師もてもみんなどのリラクゼーションは、法律の解釈の仕方(言い訳)で逃げているような感じです。

 ここ最近、それ以前の問題が見つかりました。「そもそも自分は外傷が見たいのか?」「本当に医療人になることが理想なのか?」と、

 「なぜ私が柔道整復師を目指したのか。」
 高校生の頃は、誰しも自分の進路や将来を想像する機会がありましたよね。私の高校は、医・薬・歯・看護など、医療系に進む学生が伝統的に多い学校でした。特に医学部を目指す友人も多く、恥ずかしながら自分もその一人でした。医者は賢くて、高収入で社会的地位がある仕事でかっこいいと思えました。将来の進路希望を高2の頃から「医学部」にしていましたが、それは高3の夏に消えました。「浪人」が怖かったのです。「現役じゃ厳しいかも」と校長先生に言われた時、心が折れました笑

 それから医者以外の別の道を探そうと決めました。ある日の数学の授業で先生が言った言葉で思考がガラッと変わりました。
 その言葉は「鶏口牛後」という言葉で、今でもとても大切にしていると。意味は、大きな組織の下にいるよりも小さな組織のトップの方が良いことが多い。とのことでした。
 聞いた時ハッとしました。医学部は頭のいい、化けものばかりです、浪人して苦労して入ったところで、その上にはさらなる化けものがいて、もう勝てません。

 それから、自分の勝てる分野は何か?アドバンテージのある分野は何か?について考えまくりました。

 それでたどり着いたのが「柔道整復師」。理由は4つあります

・9年間柔道をやっていて、ある程度自信がある
・人よりも脱臼、骨折、捻挫などの怪我をしていて、その痛みが理解できる
・親が接骨院をやっているので、何百万もする機器を買わなくて済む
・高齢化で医療業界に需要がある

 そして今、大学を卒業して「柔道整復師」になりました。仕事をやってみました。やりがいもあります。ただこの業界で上手くいくビジョンが見えてこないのです。変えられるだけの力もない。

 運の良いことに、来年の4月から新しく、鍼灸師とあん摩マッサージ指圧師の資格を取れる学校に行くことが決まった。3年間の時間ができた。この時間を最大限に活用したい。その一助となって欲しいと考えているのが「note」で、

1日で何ができたか、どんな成長ができたのかを記録する日記のようなものにしたい。

現在は、不自由なく生活させてもらっている。自分のやりたいこと、好きなことが好きなだけできる環境がある。人生でこんなに自由な時間は二度とないと思える。せっかくの機会を無駄にしない。

自分は、人間の身体について少々詳しいだけの凡人である。
医療人である前に1人の人間である。
一人の人間としてもっと成長して大きくなる。

私には私なりの夢や野望があります。それについては別のnoteに書きたいと思います。

ツイッターもやっています(@hirakawa_issei)ので良かったらフォローしてみてください☺️noteもフォローしてね笑

拙い文章でしたがここまで読んでいただきありがとうございました💪

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