No,268.素人小説「崩れゆく純粋-闇を越えて輝く美しき花-」
序章
かほりは、誰もが認める優等生だった。中学校までは成績も良く、教師や友人からの信頼も厚かった。
地元の進学校に入ってからもその姿勢は変わらず、クラスメイトの誰もが彼女を尊敬し、親しみやすい存在として見ていた。
だが、そんな彼女の人生はある男との出会いによって暗転することになる。
拓也は、不良と呼ばれるような存在だったが、かおりにとっては初めて出会う「大人の男」だった。
鋭い目つきに、粗暴ながらもどこか優しさを感じさせる言動。
彼の存在は、かおりの日常に新しい刺激を与えた。
最初はただの好奇心だったかもしれないが、かほりは彼に惹かれ、やがて深い関係へと進んでいく。
拓也はあることを隠していた。
彼がやくざであること、そして覚せい剤の常習者であることを。
かほりがそれに気づいたのは、ある夜のことだった。
彼が不自然に興奮し目が血走っている様子を目の当たりにした時だ。
「何かおかしい…」と直感し、彼の荷物を調べてしまう。
そこにあったのは、小さなビニール袋と注射器。
その瞬間、何か壊れかけているものを感じた。
しかし、すでに彼を愛していた。
そしてその愛が、彼女を深い闇へと引きずり込んでいく。
数週間後、最悪の事実がかほりの目の前に突きつけられる。
拓也が、彼女の親友である美咲と浮気をしていたのだ。
それも、覚せい剤を打った上での行為だった。
信じたくなかった。
だが、二人のやり取りを目撃してしまったことで、すべてが現実となった。
かほりの心は崩れ去る。大切な人、そして信じていた友人に裏切られた彼女は、どうすればいいのか分からなかった。
優等生としての彼女は、すでにどこにもいなかった…。
第一章:失意の果て
拓也と美咲の裏切りを目の当たりにしたかほりは、信じていたものが全て崩れ去ったことを実感した。
それまでは優等生として立場を保ち続けていた炎が消えつつあった。
教室にいても、先生の言葉が耳に入ってこない。
友人たちの笑い声もどこか遠くに感じられる。
何もかもが薄っぺらに見え、世界は色を失ったように感じた。
成績は常にトップだったのに、次第に落ちていった。
「何のために頑張っているのだろう…」
かほりの心にはそんな疑念が渦巻くようになり、日常生活もまともに過ごせなくなっていた。
人間不信が募り、どんなに手を伸ばしても誰一人としてその手を取ってくれないように感じた。
拓也との思い出は辛く、そして美咲への憎悪が心を占めるたびに、心が軋むような痛みを感じる。
かほりは学校をサボり街中をブラついていると、拓也と偶然遭遇した。
拓也は前とは変わらぬ笑顔で彼女に近づき「元気か?なんか雰囲気変わった?」と軽く声をかけてきた。
かほりの心には、怒りや絶望とともに奇妙な懐かしさも混ざり合う。
「元気よ‥そう?別に変わってないよ」
久しぶりに聴く拓也の声は、かほりにとって恐ろしくもあり魅力的な響きを持っていた。
表情はというと相変わらず、狂気と安らぎが混在していた。
彼女はその場を立ち去ろうとしたが、足が動かない。
「これ、試してみる?楽になるよ。全部、忘れられる」
拓也はポケットから小さなビニール袋を取り出し、小さな箱とともに彼女に差し出した。
逃げるべきだ、そう分かっている。
だが、その一方でこの重い現実から逃れられるのなら、と一瞬思ってしまった。
かほりは手を震わせながら、受け取ってしまった。
そして、彼女はその日の夜、初めて覚せい剤に手を染めた。
第二章:堕ちゆく心
覚せい剤を手にしたあの日から、かほりの人生は完全に変わってしまった。
一度きりのはずだった。
しかし、その一度が彼女の心と体に強烈な快感をもたらし、現実からの逃避を可能にした。
かほりは、その感覚に溺れていき徐々に回数は増えた。
気づけば毎日のように薬に頼るようになっていた。
「覚せい剤を使うと、痛みや苦しみが一瞬だけ消える。目の前の裏切り、失望、そして未来への不安――すべてが霞んでしまう」それは一時的な安らぎだったが、かほりにとっては十分だった。
学校にはほとんど行かなくなった。
登校したとしても、かつての彼女とは別人のように無気力で、教室の隅で無表情のまま時間が過ぎるのを待つだけだった。
成績はみるみる落ち、かつて優等生と呼ばれた自分が、今ではただの落ちこぼれになり果てていた。
友人たちも離れていった。
彼女に声をかける者は次第に減り、かほり自ら距離をあけてしていった。
周囲の笑い声や囁き声が、彼女の耳には遠くの雑音にしか聞こえなくなった。
親友・美咲の裏切りが心に重くのしかかるたび、胸が締め付けられるような痛みが襲う。
「すべてがどうでもいい…」
そう思うようになっていた。
夜になると、拓也の元に足を運び、彼の持つ覚せい剤に再び手を伸ばした。
彼女は深い泥沼に足を取られ、抜け出す術を完全に失っていた。
拓也は以前と変わらず優しさを見せることもあったが、それは表面的なものだった。
彼の冷たい視線が、かほりの心にさらに孤独感を植え付けていった。
第三章:暗闇に沈む
覚せい剤に手を染めてから、かほりの心と体は崩壊へと向かっていた。薬に依存する生活が日常となり、彼女はかつての優等生としての自分を完全に失ってしまった。彼女は薬の快感に浸る瞬間だけが、裏切りと孤独から一時的に逃れる唯一の方法だった。
もはや学校へ行くことの意味すら見いだせなくなり、授業も別世界の出来事のように感じられた。
クラスメイトたちは彼女に話しかけることを避け、孤立を深めていった。
周囲のざわめきや笑い声は、かほりにはまったく関係のないものに聞こえた。
ある晩、かほりは拓也のアパートに行った。
部屋は薄暗く、窓の外には街の明かりがぼんやりと広がっていた。
そして薬を打ち、心に広がる快感に身を任せながら、彼女は何も考えられなくなっていた。
「これでいいんだ…」
彼女の心の中で、そんな思いが繰り返されていた。
薬の効果が強くなるにつれ、現実から完全に切り離されたような感覚に陥る。自分がここにいる意味も、何をしているのかも、すべてがどうでもよくなっていった。過去の思い出すら、遠い霧の中に消えていった。
拓也の姿がぼんやりと視界に映った。彼の無表情な顔はかつての優しさを思い出させる瞬間もあったが、それはもはや幻にすぎなかった。
彼はただ、かほりが薬に依存していることを利用しているにすぎないと、どこかで気づいていた。
「拓也…」
かほりが弱々しく彼の名前を呼ぶと、彼は一瞬だけこちらを見たがすぐに目を逸らした。
その冷たさが、かほりの胸に深く刺さったたまま眠りについた。
翌朝目覚めたが、身体は重く動かなかった。
頭の中は混乱でいっぱいだった。ベッドに横たわりながら、窓の外に広がる灰色の空を見つめた。
「もう、終わりにしたい…」
そう呟きながら、かほりは手を震わせて顔を覆った。
覚せい剤に依存していく自分が嫌いだった。しかし、それを止める方法がわからない。誰かに助けを求める勇気も、もう残っていなかった。
このまま、堕ちるところまで堕ちていくしかない――そう自分に言い聞かせながら、かほりは再び薬に手を伸ばそうとした。
第四章:微かな光
かほりはさらに深い闇に沈んでいった。薬に溺れ、学校へもほとんど通わなくなった。かつて自分を頼りにしていた周囲の目も、今では憐れみの色しか感じられなかった。
そんな状況に、幼稚園からの親友である康代は、深い憤りを感じていた。康代は、かほりの異変に気づいていたがこれほどまでに深刻な状態だとは思わなかった。最近は、電話やメールをしても返信がない日が続き、会おうとしても何かと理由をつけて断られていた。
「かほり、一体どうしちゃったの……?」
心配は日に日に募るばかりだった。かほりの異変が確信にかわったのはクラスメイトの噂話だった。
「あの子薬に手を出しているみたいよ」
かつては学校のトップを争うほどの成績を誇っていたかほりが、薬に手を出しているなんてとても信じられなかった。
ある日、学校に登校していた康代は、信頼を寄せている担任の登紀子先生に相談することを決意した。
「先生、少しお話したいことがあります」
放課後、誰もいない教室に二人きり。
康代は、ずっと胸の中で抱えていた不安と心配をすべて登紀子に打ち明けた。
「かおりが、最近全然学校に来ないんです。それだけじゃなくて、連絡も取れないし、何か深刻な問題を抱えているみたいなんです。悪い噂も出ています。前とは全然違うんです……私、どうすればいいのか分からなくて……」
康代の言葉には切実な想いが込められていた。
登紀子は康代の真剣な訴えに耳を傾け、表情を曇らせた。
「そうだったのね……私も、かおりさんの様子がおかしいと思っていたの。彼女はとても優秀な生徒だったのに、突然こうなってしまうなんて……」
登紀子は一瞬迷ったが、すぐに決断した。「実は、私の大学時代の同級生に、上林武夫という少年犯罪を専門にしている心理学者がいるの。彼は大学の先生で若者の心の問題に詳しいから、もしかしたら彼が力になれるかもしれないわ。早急に専門的な助けが必要よ」
康代は、その提案に救われる思いだった。上林という心理学者がかおりを助けられるかもしれない。今のかおりには、ただの友人としての支えだけでは不十分だと痛感していたからだ。
「ありがとうございます、先生!。上林さんという方にぜひ話してみたいです。今のままじゃ、かおりはどんどん悪い方に進んでしまう気がして……」
こうして康代と登紀子は、かおりのために行動を起こす決意を固めた。
かほりにとって、彼女の救いとなる新たな出会いの扉が、少しずつ開かれようとしていた。
だが、かおりはその扉の存在すら気づいていない。
彼女の心は、まだ完全に暗闇の中だった。
第五章:古谷康代
かほりとか康代の関係は、幼稚園からの幼馴染。
お互いに片親だったこともあり両親とも仲が良く、二人は常に一緒に遊び、学び、互いを支え合う存在だった。
かほりが優等生として周囲から称賛されるようになってからも、康代は決して彼女に嫉妬することなく、誇りに思い続けてきた。
康代にとって、かほりはただの親友以上の存在であり、時には姉妹のように感じることもあった。
お互いに日々の出来事や小さな悩み、将来の夢に至るまで何でも語り合ってきた。
かほりを深く理解しており、誰よりも彼女の弱さや不安を感じ取ることができた。しかし、かほりが拓也と知り合うまでは・・・
今までのようなかほりに戻ってほしい。
幼稚園からずっと見てきたかほりの輝きを取り戻したいと願っている。
そして、この信念こそが康代が行動を起こし、かほりの救いとなる人物を探す原動力となった。
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