黙っている
件の注射のあと、やや重たい ー周囲の経験談とひきくらべてー 体調不良が二日ほど続き、もう明けたと自身に言い聞かせたのちもさらに三日ばかり不明瞭な疲労感に見舞われた。
その間、発動されたのは人見知りの性分で、職場でも親元でも、いつもに増して喋らず、会話の輪からそそくさと逃れて過ごした。
講師という職を得て、いつの間にか随分経つ。変わったことはいくつもあるが、その内の大きな一つが[話すようになった]ことだ。
しばらく前のことだが、大学時代の知人と再会した。研究室の助手をしていた人で、まともにお会いするのは10年ぶり、いやもっと久しぶりであったかも知れない。
「お久しぶりです」
と声をかけると、心底驚愕した、というふうで、
「いそずみさんて、自分から声をかけてくれるような人だったっけ」
と返された。
軽くうろたえつつも
「いやそれはMさんが声をかけづらい人だったからですよ」
と言葉を返す。私は図々しくなった。確かに私はかつて喋らない人間であったのだろう。Mさんは昔と変わらない風貌だが、今の私は臆さずに喋れる。
喋れるどころか、へんに弁の立つようにもなっているらしい。絵という名状しがたいものを扱いながら、いやだからこそ、仕事では言葉でできる限りわかりやすく伝えることを求められる。加えて接客業でもあるから、沈黙に耐えられないかのように日々喋っている。
さりとて、あまりぺらぺらと喋る人間は感じが良いとは思わない。時々ふっと黙っては、自分の様子に心をすます。軽薄なおしゃべり、空虚な多弁慎むべし。しかしそれもできない日もある。時に言葉たちは尖ったまま、次々と口から出でて手裏剣が如く辺りに突き刺さる。こと家族に対しては、おそらく全般に言い過ぎている。
ある晩、寝室に入る父が、ドアに半身を隠しながらこう言った。
「おまえも、いっこくものになったな」
え、どういう意味?と問う私に、あまりいい性格ではなくなった、という風な言葉を呟いて父は扉の奥に消えた。
普段耳にする言葉ではない。[いっこくもの]と検索すると、焼酎の画像ばかりが出てくる。辞書を引くと
いっこく【一刻】頑固で人のいうことを聞き入れない様子。何かというと、すぐ怒る様子。
とある。一徹な職人のイメージでお酒は売っているのだろうが、どうも父が私を評して言う[いっこく]は、寛容さに欠けガリガリと自己主張する人物像で、いかにも魅力的でない。自分でも意外なほどしゅんと銷沈して、その日は寝た。
黙っている数日を経て、ふと自分の言葉を振り返る。言葉少なに過ごす夕暮れ。空は澄んだ群青色で、何事をも吸い込むように寛容に広がる。