空の音
今夜はめずらしく雲が垂れ込めて、星が見えない。外を歩く人もいないようで、足音も人の声もしない。
あるピアニストがラジオで、
音のしない場所を求めて旅をしている
北極圏がいちばん音が無かった
という話をしていた。今日は静かだから風の音だけが聞こえる、とかそういうレベルではなく、ほんとうに無音の場所を訪ね歩くのだという。ピアニストの求める無音とは、絵描きが何も描いていない白い画面の美しさに魅入られるようなものなのか。あるいはまったく別ものであるのかも知れない。
宇宙は無音だと読んだことがある。
音
は、
音の波だから、媒体となる空気や水が無いと存在できないのだそうだ。音は波、音は振動。だから真空の宇宙は無音。宇宙にひとり残された火星の人は、船内で同僚たちの持ち物から音源を探す。船外は耐えきれないほどに静まり返っている。
冬は、
雪のないところでもすべてがしずまるように感じることがある。青すぎる空も白い木肌の街路樹も、のべて揺らぎを止めてそこにあり、音の消えるように感じる刹那。寒くなればなるほど、あらゆるものの気配は薄くなる。直線的に澄んだ空間の拡がり。
あのひとの言っていた
空の音
は、
確か冬のとても寒い日の朝にしか聞こえない。たまに自宅の北側の壁の側で、やや金属的な細かく震える音を聞くことがある。震えながら、わずかに音程を変えて長く続く音。あるいは空の音とはこんなものだろうかと思うけれど、わからない。ただどんな音にしても、それはきっとひとりで聞いている音だ。安らいと明るさと孤独に満ちた空。
エアコンの音だけがする部屋。わたしは夜を、深く吸い込む。
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