台湾での賢い虫との戦い
台湾は暑いので、虫が多い。
台北のような人が密集している都市の蚊は薬剤に耐性を持っているようで、蚊取り線香を焚いても、かわされる場合がある。彼らは、比較的煙が少ない場所を見つけては、しばらく待機し、煙が無くなったら戻って来るのだ。僕は蚊取り線香の反対側の端(渦巻の中心部)にも火を付けて煙を2倍にしていた。それだと、多くの蚊は死ぬ。それでも駄目なときは、蚊取り線香を途中で折って両端に火を付け、4倍にしていた。そこまで行くと、こちらが参ってしまいそうになる。ところが、ある日、それでも死なない蚊が居た。そこで、さらにもう一ヶ所折り、6倍にしたら、火災報知器が作動してしまい、恥ずかしい思いをした。僕の完敗だった。
以下では他の虫の話をするが、話がなまなましくならないように、ここではその虫のことをGと呼ぶ。Gが何の虫なのかは勝手にご想像して頂きたい。何か可愛い虫でも想像しておくのが良いと思う。
台湾にはGがかなり多い。僕は虫が嫌いなので、滞在するときはG退治のためのホウ酸団子を常備していた。格安ホテルだとGと出くわす場合があるからだ。通常は、ホウ酸団子は食べられたかどうかを肉眼で判別できないほどしか減らない。ごく少量食べさせれば退治できるから。しかし、ある格安ホテルの、屋台の多い通りに面した部屋に泊まったときは、浴室に置いていたホウ酸団子が一晩で明らかに減っていた。どれだけいたのかと思うとゾッとする。
他にも、僕が外を歩いているときに絶妙なタイミングで自ら靴の下に入り込んで踏まれて死んだり、サンダル履いてたら足を舐めてきたりという、自ら殺されにくるMなGにも時々出会った。また、滅多に無いことではあるが、ラーメン屋で唐辛子入りオイルの瓶の中でGが死んでたり、飲食店の炊飯器の中でGが死んでたりという衝撃的な経験もした。食べる前だったから良かったが。
そして、あるとき、3ヶ月の契約で借りたアパートで最強の敵と出会った。
彼は他のGとは違った。大きさも賢さも。
彼は何度も僕の前に姿を現した。一瞬だけ姿を見せてはすぐ隠れる。最初に見たときに、その近くにホウ酸団子をセットしたのだが、食べないようだった。ホウ酸団子が効かない時点で既に軽い絶望のようなものがあった。他のものはもっと効き目が薄い印象があったから。
その後いくつか他の駆除商品を買ってきた。フェロモンのようなもので惹きつけるタイプも駄目だった。ホイホイタイプも駄目だった。ホイホイの真ん中に自分なりのエサを置くことも試したが、彼は食べなかった。
僕は絶望した。(彼とは共存していくことになるかもしれない...)
心が折れた僕は、ひとつだけ残ったホイホイの中に入れるものが思いつかなくなり、何も入れないで彼が良く出る場所に適当に置いた。つまり、ただの粘着板だけが置いてあるのと同じ状態だ。そして、そんなの意味無いと思ったからずっと放置していた。
そして数日後、「最近見かけないなー」と思って、何気なくホイホイの中を覗くと、なんとその粘着板に彼が捉えられて居た。「何も入れない」というのが逆に功を奏したわけだ。欲望を刺激するものがあると逆に怪しさを感じるのか、罠を察してしまうのだろう。すごいやつだ。
遂にラスボスとの戦いを終えた。そんなGは珍しいので駆除商品を作る会社の研究対象になるだろうかとも思ったが、早く手放したかったので、敬意を払いつつ、その日のうちにゴミ収集車に投げ込んだ。その日からやっと安心して住めるようになった。
ただ、聞いた話によると、Gには意外と害は無いらしい。気持ち悪いだけで。