見出し画像

現像室で

愛よ ぶらいの脱走者よ
俺の牢獄にハッパをかけ
俺を椎の木に張り附けて去る風よ
ボタ山のようなその後ろ姿よ

愛よ 胸の海峡に出没する賊よ
俺に停泊を指令し 俺の中の婦女子を脅し
弾薬と銃砲を掠奪して消える黒いジャケツよ
振り向く顔にびっしりつまったひまわりの実よ

愛よ デルタの開拓者よ
俺の衰弱をえぐるシャベルよ
無数の俺に禿山を崩させ 無数の俺にモッコを担がせ
その赤土を鷲掴みにして湿地に叩き込む巨人よ

愛よ 蘇る樹木のトルソオよ
地下に秘めてきた重い歴史 培われた自由への意志よ
今は燃え立つ石となって掘り起される
引き締まった黒い裸 輝くダイヤよ

覚えておくがよい 雨の日 コークスの道を行く時
俺の骨俺の樹木 一本の俺のバトンよ
この先にきっと俺を待つアンカーの俺がいるのだと
かほどの量の悲しみの蜜では秋さえ越すことは出来ないのだと

     詩集『別れの時』(1959年*書肆ユリイカ)

いいなと思ったら応援しよう!