
水平線
走ってゆく飛んでゆく
カミソリの刃が眼の高さを
そうだ まさしく眼にすれすれ
カミソリの刃がすっ飛んでゆく
眼玉をザーッと斬られそうで
反り身になればなおもその上
眼玉の上をカミソリの刃が
吹雪のように吹き抜けてゆく
都会を 町を 村を 辻を
カミソリの刃は電波の速さで
日本中に飛びはじめる
水平線は眼の高さ
水平線は眼の高さ
のけぞる眼の上を飛ぶカミソリ
眼を斬られそうで眼をつむると
キーンキーンと耳たぶをかすめて
カミソリの刃が前から後から
叫ぼうとすれば唇をかすめて
カミソリの刃は唸りながら飛ぶ
こんなふうに背腰をかがめて
こうしていればダイジョウブ か?
なるほど低さは首ひとつ
なるほど低さは首ひとつ
こうしてこの丈でうなだれて歩けば
カミソリの刃は飛んで来ぬ
頭の上をキーンキーンと
きれいな音たてて流れてゆく
うっとりとねむい音で さえ ある
しかし こうか この高さか
水平線はこの高さか
聞いてみろ おい 誰かいないか
おい 誰か 誰かいないか ・・・・・・・・・・・・
犬が
一匹
むこうの高みで
こっちに尻むけ
尻尾を振ってる
むこうの方へ尻尾を振ってる
俺 俺には尻尾がない 尻尾がない
石に坐れば脳天にずんとくる
尾の 根の 骨がある 尾底骨がある
言ったか 俺はいま 何か言ったか?
そうだ 尻尾
俺には尻尾がない 尻尾はないのだ しかし
あの犬の高みが水平線か?
犬! ポチ! エス!
おい!
そこからは水平線がよくみえるか?
真っ青な水平線がよく見えるか?
のっそりと のっそりとやってくる夕靄
すこうしあたりの気温もぬるんで
べろりべろりとエレベーターは上がる
もう少し上へ もう少し上へ
エレベーターは硝子張り
エレベーターは塔の中
もう少し上へ
おや 雪 ちら ほら
初雪ですわね ほうら あちらにも こちらにも
雪ですか いやいや あれはソーダの灰 セメントの灰
フケです ゴミです
雪ではありません
あれはたしか ・・・・・・ カミ ・・・・・・
カミソリの刃 ホホホホホホ
いやですわ 春だっていうのに
初雪ですわ 風にあふられた吹雪なんですの
エレベーターは硝子張り
エレベーターは 上へ 上へ
エレベーターは 尻尾を引き
エレベーターは涎を垂れ
水平線はどの高さか !
水平線はどの高さか !!
詩誌『駱駝』69号(1960年2月)