アメリカの法令・判例
実務的な記事を含めてよくみかける米国の法令・判例のcitationについて、そこから得られる情報をきちんと読み解けるようになるため、整理しておこうと思う。また、付随してその原文にどのようにアクセスできるかということも、できる限り触れる。このあたりの問題については、北村一郎編『アクセスガイド外国法』(以下「アクセスガイド」という)が素晴らしいのだけど、若干古いのと(2004年。なので気づいた限りだと、リスボン条約によるEU裁判所制度の改正とかが反映されていない。確認できていないけど、インターネット上の情報についてもたぶん出版当時とは変わってしまっているんじゃないかと思う)、研究者による書籍であり十分に資料のそろった図書館に気軽にアクセスできることが前提となっており、僕のような野良の法律家が同じことをしていたら会社をクビになるか家庭崩壊かしてしまう。なので、『アクセスガイド外国法』をベースにしつつ、図書館から離れて住んでいる一企業法務部員としてどんな感じで、どんな範囲でアメリカ法のリサーチができるか、という観点を加味しながら書ければと思っている。
ただ、やはりマニアとしては現物を見たいので、どこかのタイミングでまた東大法学部図書館に行ってみてこようと思う。現物を見ての感想を何か書くかもしれない。また、情報過多にならないように僕がよく見ると感じる引用法を中心に書くけど、これから勉強する中で見慣れないものに出会ったらまた追記するかもしれない。
1 引用法
まず、日本と異なり、アメリカでは引用法がきっちり決まっている。"The Bluebook: A Uniform System of Citation"が最も広く使われているが、他にも、Derby Dickerson "ALWD Citation Manual: A Professional System of Citation", "The University of Chicago Manual of Legal Citation"がある。
ちなみにMBAでは基本的に"Harvard Style"の引用法に従えと言われていたが(Cambridgeなのに)、これは法学界ではあまり使われないんだろうか。
2 法令
28 U.S.C. §1404
これは、連邦法でよく見る引用法で、"United States Code"(あまり見たことないけど「合衆国法典」と訳すらしい)という連邦政府印刷局による公式法令集(主題別)の第28編1404条をいう。§は"section"の意味である。複数形を表す意味でssと重ねて書いたのが記号化したんだと思う。「せくしょん」と書いて変換すると出てくるので僕はそうやって書いている。この"section"が制定法の基本単位であり、「条」と訳す。大きい括りから順番に"title" "chapter" "section" "subsection"となる(それぞれ編、章、条、項)。条番号は必ずしも通し番号ではなく、第3編の最初の条文が301条だったりするし、編ごとの通し番号であることもある。後の改正に備えて番号を飛ばして、前から順に「第1編、第3編、第5編」のようになっていることもある。日本の枝番にあたるのはアルファベットであらわされており、例えば「304条の2」に該当するのは「§304a」のようになる。
編別は、次のようになっている。概ねアルファベット順らしい。アクセスガイドには「50編であり、実定法かされているのは1,3,4,5,9,10,11,13,14,17,18,23,28,31,32,35,36,37,38,39,44,46,49」とあるが、下記Cornell Law Schoolのサイトを見ると54編あるし、挙げられていない2とか6とかをクリックしてみても実定法らしいものが出てくるので、色々増えたのかもしれない。
TITLE 1 - GENERAL PROVISIONS
TITLE 2 - THE CONGRESS
TITLE 3 - THE PRESIDENT
TITLE 4 - FLAG AND SEAL, SEAT OF GOVERNMENT, AND THE STATES
TITLE 5 - GOVERNMENT ORGANIZATION AND EMPLOYEES
TITLE 5a - FEDERAL ADVISORY COMMITTEE ACT
TITLE 6 - DOMESTIC SECURITY
TITLE 7 - AGRICULTURE
TITLE 8 - ALIENS AND NATIONALITY
TITLE 9 - ARBITRATION
TITLE 10 - ARMED FORCES
TITLE 11 - BANKRUPTCY
TITLE 11a - BANKRUPTCY RULES
TITLE 12 - BANKS AND BANKING
TITLE 13 - CENSUS
TITLE 14 - COAST GUARD
TITLE 15 - COMMERCE AND TRADE
TITLE 16 - CONSERVATION
TITLE 17 - COPYRIGHTS
TITLE 18 - CRIMES AND CRIMINAL PROCEDURE
TITLE 18a - UNLAWFUL POSSESSION OR RECEIPT OF FIREARMS
TITLE 19 - CUSTOMS DUTIES
TITLE 20 - EDUCATION
TITLE 21 - FOOD AND DRUGS
TITLE 22 - FOREIGN RELATIONS AND INTERCOURSE
TITLE 23 - HIGHWAYS
TITLE 24 - HOSPITALS AND ASYLUMS
TITLE 25 - INDIANS
TITLE 26 - INTERNAL REVENUE CODE
TITLE 27 - INTOXICATING LIQUORS
TITLE 28 - JUDICIARY AND JUDICIAL PROCEDURE
TITLE 28a - JUDICIAL PERSONNEL FINANCIAL DISCLOSURE REQUIREMENTS
TITLE 29 - LABOR
TITLE 30 - MINERAL LANDS AND MINING
TITLE 31 - MONEY AND FINANCE
TITLE 32 - NATIONAL GUARD
TITLE 33 - NAVIGATION AND NAVIGABLE WATERS
TITLE 34 - CRIME CONTROL AND LAW ENFORCEMENT
TITLE 35 - PATENTS
TITLE 36 - PATRIOTIC AND NATIONAL OBSERVANCES, CEREMONIES, AND ORGANIZATIONS
TITLE 37 - PAY AND ALLOWANCES OF THE UNIFORMED SERVICES
TITLE 38 - VETERANS’ BENEFITS
TITLE 39 - POSTAL SERVICE
TITLE 40 - PUBLIC BUILDINGS, PROPERTY, AND WORKS
TITLE 41 - PUBLIC CONTRACTS
TITLE 42 - THE PUBLIC HEALTH AND WELFARE
TITLE 43 - PUBLIC LANDS
TITLE 44 - PUBLIC PRINTING AND DOCUMENTS
TITLE 45 - RAILROADS
TITLE 46 - SHIPPING
TITLE 47 - TELECOMMUNICATIONS
TITLE 48 - TERRITORIES AND INSULAR POSSESSIONS
TITLE 49 - TRANSPORTATION
TITLE 50 - WAR AND NATIONAL DEFENSE
TITLE 50a - WAR AND NATIONAL DEFENSE [ELIMINATED] Current through 114–86u1
TITLE 51 - NATIONAL AND COMMERCIAL SPACE PROGRAMS
TITLE 52 - VOTING AND ELECTIONS
TITLE 53 - [RESERVED]
TITLE 54 - NATIONAL PARK SERVICE AND RELATED PROGRAMS
U.S. Code: Table Of Contents | U.S. Code | US Law | LII / Legal Information Institute
なお、これは連邦政府の公式制定法集であるけれど、同じ連邦政府の公式制定法集でも"United States Statutes at Large"という会期別法令集(いわゆる「法令全書型」。これに対しUnited States Codeは「六法全書型」)があり、あくまでこちらの方がより正式であり、United States Codeとの齟齬があってもこちらが優先するし、本当はこちらを参照・引用しなければならないらしい(見たことないけど)。ただ、今日では議会制定法の大半はUnites States Codeの修正として起草される。なお、アメリカ法の制定法というと、シャーマン法のように人名がついている場合が多いけど、それはあくまでUnited States Codeへの追加・修正を行う法律を、それを提案した議員の名前で呼んでいる、ということだと思う。
さて、仕組みはそうとして我々はどうすれば…という点に関しては、とりあえず上記コーネル・ロースクールのサイトで大体足りるだろうと思う。例えばシャーマン法ならTitle 15 (Commerce and Trade), Chapter 1 (Monopolies and combinations in restraint of trade)から§1 (Trusts, etc., in restraint of trade illegal; penalty)を見ると、有名なシャーマン法第1条が出てくる。新法・改正法についてはどれくらいのタイミングで反映されるのかとか、そもそも最新になるように管理されているのかとかよくわからないけど、まあ当面困ることはなさそう。体系化されている分、一面では日本のe-Govより使いやすいかもしれない。
州法については当然のことながら州によると思うけど、例えばノース・カロライナ法は次のようになるらしい。
N.C. GEN. STAT. §7A-191
ノース・カロライナ州法典第7A章191条(冒頭の略語は、North Caroline General Statutesだと思う。)
アクセスガイドには解説はないが、おそらく連邦法と同じように主題別法令集なのだと思う。7Aが編でなく章なのは違うけど。インターネット上のアクセスについては、North Caroline General Assembly(州議会)のサイトで閲覧できそうだけど、なぜかつながらないので後でまた試してみる。でもFindLawというサイトでアクセスできるので、とりあえずクイックリサーチには困らないと思われる。ちなみに、Chapter 7Aは"Judicial Department"の章で、§7A-191は"Trials; hearings and orders in chambers"について定める次の条文である。ちなみに§とあるけど、Articleって書いてあった。どちらが正式なんだろうか。
All trials on the merits and all hearings on infractions conducted pursuant to Article 66 of Chapter 15A shall be conducted in open court and so far as convenient in a regular courtroom. All other proceedings, hearings, and acts may be done or conducted by a judge in chambers in the absence of the clerk or other court officials and at any place within the district; but no hearing may be held, nor order entered, in any cause outside the district in which it is pending without the consent of all parties affected thereby.
なお、政権交代後は大統領令が問題になることも多いけれども、行政命令についても法令全書型と六法全書型の命令集がある。
Fed. Reg. (Federal Register)
C. F. R. (Code of Federal Regulations)
これについても前者が正文であり、後者は一応の証拠に過ぎないが、普通に引用されるのは後者な気がする。
3 判例
Abdur'Rahman v. Bell, 537 U.S. 88, 123 S. Ct. 594, 154 L. Ed. 2d 501 (2002)
判例は、まず当事者名で特定される。自然人であれば、ラストネームのみである。v.はもちろんversus。原告・被告が複数いても、名前が示されるのは1人のみ。刑事事件は、州なら原告が"State"又は"People"(前者は州の名称により"Commonwealth"などにもなる)、連邦なら原告が"United States"。対立構造のない申立てにかかる事件なら、人名の前に"Ex parte"、大規模事故の包括的解決や特定財産の権利関係にかかる事件は、係争物名の前に"In re"となる。私人が政府に代わって訴訟遂行する場合には、政府名又は政府代表者名と当該私人名で"ex rel."を挟む("ex relatione"の略)。
その次に来るのが、判例集である。U.S.は、連邦最高裁判所の公式判例集であるUnited States Reports。残りのS. Ct.とL. Ed. 2dはいずれも非公式判例集であり、それぞれ"Supreme Court Reporter"と"United States Supreme Court Reports, Lawyers' Edition"の第二シリーズ。前者は、後述するNational Reporter Systemの1つである。
なお、連邦下級裁判所の判例集としては、非公式のNational Reporter Systemしかない。控訴裁判所判決は、1880年までにつき F. Cas. (Federal Cases)、1880年以降はF. (Federal Reporter)がある。地方裁判所は、1932年以降につきD. Supp. (Federal Supplement)、1939年以降につきF. R. D. (Federal Rules Decisions)があるが、それより前については控訴審の判決を見るしかない。なお、後者につき、"Rules"とあるのは、連邦裁判所規則関連の判決、改正条文、論文を掲載しているため。
さて、アクセスガイドは「公式判例集は一般に刊行が遅く、活字が大きいことから図書館の書架スペースを大きく占め、それでいて補助資料の使い勝手はよくない。そのため通常は検索のための補助資料の充実した非公式判例集を利用するのが便利」とあるが、図書館が身近にないときはどうするか。これについては、とりあえず当事者名の部分をコピペして検索すれば、Justiaというサイトで全文を読むことができる。ダウンロードできるPDFはどの判例集かわからないというのは若干気持ち悪いが、とりあえず問題なく全文を読むことができる。今のところ出てこなかったことはない気がする。
次に州裁判所の裁判例である。
Metro. Utils. Dist. of Omaha v. Pelton, 459 N.W. 2d 193, 194 (Neb. 1990)
本件は、Metropolitan Utilities District of Omaha(ネブラスカ州の最大都市オマハ周辺で上水道と天然ガスを供給する州当局らしい)とPelton氏の紛争である。次にくるのが判例集であり、本件はNational Reporter Systemの1つであるNorth Western Reporter第二シリーズ459巻193頁から始まる判決で、194頁を引用する、という意味である。これだけでは同判例集がカバーする範囲のうちどの州かわからないので、括弧書でネブラスカ州の判決であることが、判決年とともに示されている。最高裁判所なので、裁判所は示されていない。
判例集には州ごとに公式判例集があることが多いらしいが、上記National reporter Systemを引用すれば足りるものとされている。これは州の最高裁判所の登載判例(たぶん公式判例集の登載判例という意味だと思う)と控訴裁判所の重要判例を掲載しており、地域別に次の7つがある。別に連邦控訴裁判所の巡回区とも対応していない気がするしどうしてこのように分けたのか(そもそもなぜ分けたのか)よくわからないが、僕たちは紙媒体で判例を探すということもないだろうし、特に気にしなくてよいと思う。
A. (Atlantic Reporter)
N. E. (North Eastern Reporter)
N. W. (North Western Reporter)
P. (Pacific Reporter)
S. E. (South Eastern Reporter)
So. (Southern Reporter)
S. W. (South Western Reporter)
らに、最重要2州についてより多くを掲載するため、次のものがある。
Cal. Rptr. (California reporter)
N. Y. S. (New York Supplement)
なお、州裁判所の判決も、インターネット検索すれば同じようにJustiaほかのサイトで判決全文を見ることができる。