あと1,250日
夫は突然いなくなった。
引っ越したばかりの家も、
友人と立ち上げた会社も、
一人息子として溺愛してくれた両親も、
生活費のほとんどを支払っていた妻も、
すべてを置いていなくなった。
これは、夫と過ごした失踪までの記録と、失踪してからの記録。
そしてこれからどうしていくのかを悩むための記録。
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夫と出会う前の私には、結婚願望はほとんどなかった。
理由は、3年半付き合った元カレに7歳年下の女性と浮気されわかれたことがきっかけで、男性に対しての期待や理想が一切なくなってしまっていたからだった。
浮気されたことだって悲しかったけれど、それ以上に傷付いたのが、同じコミュニティの男性達がみんなその事実を知っていて黙認していたことだった。
それどころか“7歳も年下と出会って付き合った男”として友人たちの間ではちやほやされていたらしい。
それを知って、心底がっかりしてしまったのだ。
若い女性と付き合ったことを嬉々として共通の知り合いに言いふらす元カレの神経にも、それによってどういうことになるのか考えてもいない元カレや友人たちの想像力のなさにも。
結果的に元カレとも友人とも縁を切った。
同じコミュニティだった女性たちとは未だに仲良しだけれど、当時元カレをちやほやしていた男性たちとは、誰も関わらなくなった。
そうして訪れたひとりで過ごす時間は、恐ろしく楽しかった。
自分の好きなことを好きなように自分だけのためにする時間。大人になってから友人ができることを知ったのもこの時期だったし、とにかく今振り返っても楽しい時間だった。
けれど、その楽しい時間が突然失われることになる。新型コロナウィルスの流行だった。
熱中していたことができなくなり、頻繁に遊んでいた友人たちともオンラインでやりとりするのみとなった。
リモートワークが導入され出社する日も減ったため、人との会話にも飢える。
久しぶりに仕事に行った日は、仲のいい同僚とのおしゃべりが本当に楽しくて、話しをするだけで元気になるのを感じた。
そこではじめて、誰かとゆっくり積み上げる関係を築きたい、と思うようになった。
コロナ流行前、休日や仕事終わりに遊びに出かける相手は何人かいたけれど、仲を深めて関係を構築していくというよりはその時楽しむための時間を共有する関係だった。嫌なところがあったって良いところがあったってずっと一緒に過ごすわけではないからどうでもいいから気楽だった。けれどそういう人たちとはコロナ流行に伴って会わなくなった。
生活に必要なコミュニケーションでも相手でもなかったから。
だから、時間をかけて関係を深めたり、ふたりで新しい関係性を構築するような相手がいたら楽しいのではないかと思うようになった。
そんなころ出会ったのが夫だった。
夫は、まっすぐ目を見て話をする人だった。
焼肉を焼いてくれる人だった。
会話を交互にキャッチボールしてくれる人だった。
初めて会った日、気がついたら5時間も話をしていて。
一緒に関係性を積み上げるイメージが容易に想像ついた。
それはお互いに同じようだったようで。
それから頻繁に会うようになり、何度目かのデートで家で一緒に料理をしようと誘われて、少し警戒しながらも家に行った。
その日夫は、仕事帰りの私を駅まで迎えに来てくれた。
スーパーに行きがてら無限にあるレシピからどれを作るかで盛り上がったし、食材を買うだけでも生き生きとした様子を見せ、料理のほとんどを率先してやってくれた。そして、料理が得意だから良いところを見せたかったと笑って言った。
そのあと、告白をされ、花束を贈ってくれ、雨が降っているからと車を借りて家まで1時間以上かけて送ってくれた。
その日、家に行ってから帰るまで手を触れることもなかった夫に、私はすっかり心を許して。
素敵な人だなあと思っていた。
嫌だなと思うところがまったくない人もいるのかもしれない、なんて思って浮かれる気持ちだった。
それが、今だけだとは思いもしなかったのだから。
夫が失踪するまで、
あと1,250日
読んでいただきありがとうございます。
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ずっと腹が立つ気持ちを抱えていられなくなったので外に解放するためにはじめました。
自分の身にとんでもないことが起こったとき、こういう場で見かけた体験談を参考にしたので誰かにとっての助けになる日がきたらいいなと思いつつ、書いていきます。