未知へのワクワクを開拓できる場所へ――Island and office創業までの物語
「働く景色を、変えていく。」をミッションに誕生した、Island and office。建築家であり創業者である須磨は、なぜIsland and officeを構想し、八丈島を選んだのでしょうか。今回はこれまでのキャリアとIsland and office創業まで、そして今後の展望について聞きました。
須磨 一清(Island and office代表取締役/建築家)
慶應大学環境情報学部卒業、コロンビア大学建築学部修士課程修了後、米国にてホテル/レストランの建築設計に従事。帰国後、建築ユニットBUSとして徳島県神山町の地域再生に関わり、2016年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展にて審査員特別賞を受賞。また、2015年に設計したJIKKAは多くの国際メディアに取り上げられる。
ニューヨークと徳島・神山町――2つの拠点で得た経験
――建築家を志したきっかけと、ニューヨークでのキャリアを教えてください。
大学生の頃は、環境情報学部でミクストメディア領域を学んでいました。授業で出会った建築領域に強く興味を抱いたことが、建築家としてのキャリアの起点です。日本でそこから建築を学ぼうとすると、もう一度学部生からやり直す必要があったので、留学してコロンビア大学の建築修士科に進学しました。
見知らぬ地での日々はもちろん大変なこともありましたが、ニューヨークという街がとても素敵だったので、卒業後も現地の設計事務所で働くことを決めました。リーマンショック前の当時は、世界的に景気が良い時代です。アンダーズのようなハイクラスなホテルやレストランの設計、ドバイの商業施設開発プロジェクトなどに携わりました。イヴァンカ・トランプさん(トランプ元大統領の娘)が手掛けるsohoのホテルもありましたね。
毎日がエキサイティングでとても楽しかったんですが、何年かするうちに「手触り感」を求めるようになったんです。遠隔でのプロジェクトは作ったものを実際に見ることもなかったですし、都心で手がけたものは数年でなくなってしまったりして。高層ビルと向き合う日々の中で「土や緑が恋しい」という気持ちが増してきたこともあり、8年目で帰国することを決断しました。
――帰国後、徳島県神山町のサテライトオフィスを手がけられたのは、そういった背景があったためですか。
都心ではなく自然が身近にある地方で仕事をしたい、と強く思っていました。東京で育ったこともあり、里山への憧れが強いんです。2010年に帰国してすぐに、ニューヨークで出会った建築家仲間が彼の故郷の徳島に連れていってくれて。その頃から神山町の活性化に取り組んでいた、NPO法人グリーンバレーの代表大南さんと意気投合して、プロジェクトに参画することに決めました。
神山町は市内から40分ほどのところにある、日本昔ばなしの舞台のような、まさに理想の里山の風景が広がる町です。ちょうど子どもが生まれるタイミングが重なったこともあり、自然豊かな環境で子育てできるという意味でも惹かれました。帰国してすぐの夏は、出産を控えた妻と共に川で泳いだりして、自然を満喫しながら過ごしたのを覚えています。
約5年間にわたるプロジェクトの中で、古民家をリノベーションしてサテライトオフィスにしたり、空き家の活用や拠点づくりについて模索し続けました。外部と地域の人々をつなぐ場所が増えていくことで、町に少しずつ人の流れが生まれ、人口増加にも寄与することができました。そして今は、2023年4月の開校に向けて、神山高専の設計に従事しています。本当に素晴らしいプロジェクトに携われています。
「働く場所はオフィスビル」という常識を取っ払い、働く体験を変えていきたい
――そこからIsland and office創業に至ったのはなぜでしょうか。
神山町のプロジェクトを通じて、「働く」ことに対する価値観が変わったんです。
ニューヨークでは、レストランやホテルの内装を手がけることが多かったので、ある程度枠が決まっている中で設計を行っていました。一方で、神山町のプロジェクトは自由度がかなり高く、手探りで開拓していった感覚です。そもそもオフィスビルが存在しないので、既存の考えを取っ払う必要がありました。「仕事場に対して人が求めているのは何か」「町外の人を呼ぶには何が必要か」「どんな体験をすれば移住者が増えるか」など、働く体験を起点に人の行動がどう変わっていくかを想像しながら作っていきました。
完成した後は、東京から人が来てくれるようになりました。神山町に縁もゆかりもないIT企業のエンジニアが山の中の古民家で過ごす、というのは当時はとても新鮮でした。場ができたことで人の流れが変わり、体験が変わり、価値観が変わるというのを目の当たりにし、とてもワクワクしたのを今でも覚えています。
日本には有人離島が300島以上あります。都心のビルだけでなく、こういった資産を働く場所に変えていければ人の流れが変わり、働く体験がもっと豊かになるんじゃないか、そんな想いでIsland and officeを始めることにしました。
――Island and office第一号を建てる場所として、八丈島を選んだ理由は?
あえて働く場所を変えるならば、それをきっかけとして働く人の心に変化を与えたい。それを実現するためには、その場所がある種“ショッキング”である必要があります。
Island and officeの場所を検討する中で出会った八丈島は、まさにショッキングでした。いわゆる南国の島を思い浮かべて行くと、あまりのワイルドさに驚かされます。私自身、その波や岩肌などの自然が持つパワーに圧倒されました。
また、八丈島は他のリゾート地と比較すると観光客が少なく、あまり開拓が進んでいません。未知を楽しむことができる場所のほうが、設計する私自身もワクワクできますし、ここに来てくれる人たちと一緒に新たな体験をつくっていく余地が大きいと思ったんです。
――設計でこだわったポイントを教えてください。
山の斜面を切り開いて建てているので、森の中にいる感覚を最大限味わっていただけるような作りにしています。ほぼ全面ガラス張りで自然を感じられますし、テラスに出るとワイルドなジャングルに手が届きます。ゲストの方からは、「ツリーハウスにいるみたい」という感想をよくいただきます。
また、「開拓」というキーワードを大切にしたいと考えているので、みなさんと一緒に体験を作っていきたいと考えています。今ある空間を活かしながら新しい物や体験を作っていきたいです。スノーピークさんとの取組で、新たにキャンプサイトができたように、山を切り開いて、一緒にトレイルをつくってくれる人が現れたら最高です(笑)。
集約した考えを、一度拡散してみる。あるいは、当たり前のようにあるルールを、そのルールがなぜあるのか考え直してみる。足元を守るのではなく、耕す意識を持つ。Island and officeで過ごす時間を通して、皆様にそんな体験を届けられたらいいなと思っています。
――Island and officeの展望や今後の計画について教えてください。
まず八丈島については、活用していない土地が約4,000坪あるので、自然の力を活かしながら体験価値を高めるものをつくっていきたいと考えています。まずは、サウナを計画中です。また、今後は熱海と奄美大島に建設する予定です。
八丈島が、自然を活かしたチームビルディングに最適な空間であるのに対し、熱海はアートをテーマにクリエイティビティを刺激する場所、そして奄美大島は社員の家族も思いっきりリラックスできる場所というふうに、ニーズに応じて使い分けられるような展開を構想しています。