5日間の新入社員向け研修を八丈島で――Incubate Fundのオフサイトが目指すもの
スタートアップへの投資活動を行うベンチャーキャピタル(VC)として国内最大規模の実績を有するIncubate Fund(インキュベイトファンド)。昨年から新たに開催されている同社の新入社員向け研修は、Island and office 八丈島で行われています。5日間にわたる研修を八丈島で実施する狙いや、具体的な研修内容について、同社の代表パートナーであるポール・マクナーニ氏と今回研修に参加した石井拓人氏、堀江みなみ氏に聞きました。
ポール・マクナーニ(代表パートナー)
1997年にリクルートに⼊社し、デジタル事業の⽴ち上げとネット系企業のベンチャー投資を主幹。2002年にマッキンゼーに転職し、2007年にパートナー、2014年にシニアパートナーに昇格。同社において⼩売、消費財、メディア、通信、⾦融、製薬の各業界の顧客に対して成⻑戦略やデジタル・AI、ブランディング、マーケティング、M&A の各領域における戦略と事業⽴ち上げの⽀援を実施。2021年3月より、インキュベイトファンド代表パートナー就任。
石井拓人(アナリスト)
東北大学大学院医工学研究科にて、医療機器開発および機械学習を用いた触感の定量化の研究に携わる。学部時代は、同大学工学部機械知能・航空工学科にて、ロボット設計を学ぶ。東北大学剣道部に所属。2022年よりインキュベイトファンドに参画。事業開発アナリストとして新規投資先の発掘に従事。
堀江みなみ(アナリスト)
慶應義塾大学経済学部にて、フィンテック・HRアナリティクスなどの先端技術の研究に携わる。2022年よりインキュベイトファンドに参画。事業開発アナリストとして新規投資先の発掘に従事。
前職のオフサイトを参考に生まれた、新入社員向けの長期研修
――Island and officeでのオフサイトの概要を教えてください。
ポール・マクナーニ氏(以下、ポール):新入社員向けの研修を目的とした4泊5日のオフサイトを行いました。こうした研修を行うのは2回目で、前回もIsland and officeを利用しています。
VCの基礎知識やビジネスの基本を身につけるトレーニングが研修の主な内容です。具体的には、外部講師からのレクチャーやトレーニングセッション、また実際に参加者が得た知識をアウトプットするロールプレイなどに集中的に取り組みました。
――Island and officeを実施場所に選んでいる理由を教えてください。
ポール:オフサイト実施の際にこだわっているのは、その施設が魅力的かつインスパイアされる場所であること、そして周囲に何もないことです。
私が以前勤めていた会社に入って間もない頃、4週間のヘビーな研修がありました。開催地はオランダだったのですが、研修施設自体はアムステルダムから1時間半ほど車で移動した先で、周りは本当に何もない田舎でした。本当に素敵な場所で特別な体験をさせてもらえたことで、会社への愛着とプロフェッショナルとしての自覚が刻まれたのを覚えています。
そういった原体験をもとに、参加者がワクワクできる一方で、遊べる場所からは離れた環境でオフサイトを実施することにはこだわっていました。Island and officeの施設やロケーションを見たときに、「これは完璧だ」と思いましたね。
――実際に今回の研修に参加した石井さん、堀江さんはいかがでしたか?
石井拓人氏(以下、石井):とても楽しかったです。周囲に娯楽がないからこそ、社員同士で向き合う時間が多く、互いを知る良い機会になりました。普段ちょっとした飲み会をやることはあっても、これほど密度の濃い時間を仲間と過ごすことはめったにありませんでした。
堀江みなみ氏(以下、堀江):外部からの誘惑が多い東京都内にいる時は、気持ちが分散されてしまいますが、八丈島というある意味外部との繋がりと遮断されている空間にいることにより、研修内容のインプットとアウトプットに専念することが出来ました。また日々の業務では、同期は個人で動いてる為、ここまで関われる機会も少ないです。その為、今回メンバー同士の繋がりを深められたことに満足してます。
――今回の研修は、横のつながり強化やチームビルディング促進といった狙いもあったのでしょうか?
ポール:はい、チームビルディングの機会としても今回のオフサイトがプラスになると考えています。今回の参加者は、新卒5名と中途入社のアソシエイト7名、加えて私と外部講師という構成です。参加人数が多い一方で、このメンバーで集まったからこそ得られる盛り上がりが生まれていました。
今後の組織づくりのひとつの軸として、私たちは新卒社員をアソシエイトとして育成していきたいと考えています。そのためには、組織内の縦横の連携や一体感といったものが必要不可欠です。こうした背景もあり、チームビルディングを促進するイベントのひとつとしてもオフサイトを活用しようと企画していました。
実践を重視したアウトプット量の多い研修内容
――研修期間中のスケジュールを見るとトレーニングセッションで埋まっていますが、具体的にはどのようなことをしていたのでしょうか。
ポール:問題解決のステップを設け、研修期間中ひとつずつステップをクリアしていくようなイメージで研修を構成しています。私が話す時間はなるべく短くしつつ、参加者によるエクササイズを中心とし、そこで出てきた彼らのアウトプットに対して他メンバーがコメントして……という流れを繰り返し行いました。全体の割合としては、8割がテクニカルスキル、2割がソフトスキルを得るための内容です。
石井:普段の業務ではさまざまな人からフィードバックをもらう機会はそう多くないので、とても良い体験ができたと感じています。研修というと受け身で知識を得るイメージがありますが、今回は自分自身が考え、アウトプットする時間が豊富だったので、集中力を保つことができました。
――ロールプレイはどういった内容なんですか?
ポール:VCもコンサルも、お客様が動いて初めてインパクトを生み出すことができる仕事だと思います。そのため、人のアクションを促す説得力のようなものは、私たちにとって重要なスキルのひとつです。そうしたスキルを育てるために、ロールプレイを活用しました。
例えば、投資委員会の準備として事業計画を作らなければならないけれど、「忙しくてそれどころじゃない」という相手がいた場合、どういう方法で相手を動かせばいいのか……といった題材でロールプレイに取り組んでいました。
こうした訓練は前職でも重視されており、先ほど挙げたようなロールプレイだけでまる2週間を費やしていたほどです。チームワーク、クライアントワークとさまざまな文脈をカバーし、繰り返し問題解決の道筋を描いていました。
――実践に直結する研修内容を重視する背景も教えてください。
ポール:VCやコンサルの場合、新卒入社の社員をいかに短期間で立ち上げるかというところがポイントになってきます。クライアントに対して「この人は使えない」という印象を与えると致命傷になってしまうので、密度の濃い長期研修と、いわゆる“丁稚奉公”のような形でのプロジェクト参加を併行し、最短で彼らが一人前になれるよう導くことを意識しています。
――実際の研修から学んだこと、変化を教えてください。
堀江:まず、VCとして働く上で重要なマインドセットを学べたと感じております。加えて、最終的な目標を達成するために必要なフレームワークを体系的に学ぶことが出来ました。特に、フレームワークを意識して思考することが身についたことで、アウトプットの質が向上したし、自身が日々やらなければいけない業務が明確になったように感じます。
石井:私も実際の業務上で行われた起業家との面談で、研修のロールプレイを通じて学んだことをすでに活かせています。企業と共に並走するのが私たちにとって理想なのですが、なかなか思うように進行せず、いつの間にか対立構造になってしまうことも珍しくありません。どうすれば並走しながら相手の行動を作り出せるのか、課題を明確にできるのか、といった疑問について、研修で学ぶことができて良かったです。
オフの時間は、エネルギーレベルを高めるための時間に
――トレーニングやロールプレイのほかには、どのような取り組みをされていましたか。
ポール:マシュマロタワーやジャグリングなど、みんなが体を動かしながら楽しめることをやりました。ジャグリングって、最初から一気に3つの玉でやろうとしてしまうのですが、成功のためには1つの玉から練習して、増やしていかなければなりません。そういった体験を通じて、課題解決にはステップが必要だということを楽しみながら体感できるよう意識しました。Amazonのギフトカードという景品も用意して、順位を決めたりもしたのですが、みんな真剣に取り組んでいて盛り上がりましたよ。こういった企画も準備しておくと、オフサイトのスキマ時間を有効に使えるので良いと思います。
――釣りを期間の中日(なかび)に設定していたのは?
ポール:長期研修を成功させるためには、エネルギーレベルを維持する仕掛けを作ることが大切です。真ん中の日にリフレッシュする日を設けておけば、あともう半分で終わりだね、というポジティブな意識を持つことができるでしょう。研修内容自体も参加者が楽しめるように作っているとはいえ、かなりの集中力が必要なので疲れますからね。
――研修内容以外の部分で印象に残っていることはありますか?
石井:これだけ多くの期間を、メンバーと共同生活できた体験そのものが良かったです。普段の業務からは知ることができない一面や、互いの価値観を知ることができたので、やはり今回の研修の密度は濃かったな、という印象が残っています。
ポール:ちなみに夜の時間は毎晩思いきり楽しんでいました。スピーカーを持っていって、屋上で毎晩みんなで踊り明かしたのも良い思い出です(笑)。
参加者の感情を動かすオフサイトを目指して
――今回の研修の総括と、今後のオフサイト実施に関する展望を教えてください。
ポール:今回、私も含めて参加者全員が高いエネルギーレベルを保ったまま1週間を過ごせたことは、とても良かったと感じています。一方で、少し参加人数が多かった印象もあるので、8~10名程度での実施が最適かな、という改善点もありました。今後も毎年ブラッシュアップしながらオフサイトを実施していく予定ですが、その軸として考えているのは、「何を教えるか」より「どんな感情をもたらせるか」ということです。やはり人は感情が動かされた瞬間のほうがインスピレーションを得られますし、それは深い記憶に刻まれる体験となります。今後はそういった体験をもたらせる場としてのオフサイトを追求しつつ、5日間という時間を最大限に活かす方法を模索していきたいです。