心臓を失っても再生するウミウシ
実は、日常生活で自ら体を切断する生き物は数多く知られています。
自分で体の一部を切断する行動は「自切」と呼ばれており、尾や足を犠牲にすることで、利益を得ます。例えば、トカゲはしっぽを自切し、捕食者から逃げきることがよく知られています。他にも自切をおこなう生き物は、イカやタコ、カエルなどが知られています。
近年、驚くべきことに、体の一部ではなく、胴体すべてを自切し、再生させる生物が発見されたというのです。
この発見は2021年、奈良女子大学の博士課程に在籍している三藤さんと、游佐教授によってなされました。研究結果は、科学雑誌である、Current Biologyに掲載されています。
三藤さんと游佐教授が目を付けた生物はウミウシです。ウミウシは主に浅い海の岩場に生息しており、見た目が華やかなナメクジのような生き物です。近年、鮮やかな色や見た目からテレビや動画などで取り上げられることも多いため、知っている人も多いのではないでしょうか。
論文ではその中でも、コノハミドリガイというウミウシが実験に用いられています。このウミウシは他のウミウシとは少し違い、餌として食べた海藻の葉緑体を体の中に取り込み、光合成に利用します。そのため、葉緑体のように体の色が緑色をしているウミウシです。
2人は研究室で繁殖させていたコノハミドリガイの15個体いる中の5個体、野外で採取したコノハミドリガイの近縁種1個体が、首から体を切断するのを観察しました。そしてその後、からだが再生していく過程を記録していきました。
すると、心臓を含む胴体は活発に動き回りはするものの、時間が経っても失った頭部を再生することがありませんでした。しかし、頭部は通常通り餌を食べながら、1週間ほどで心臓を含む体を再生させ始めました。そして3週間ほどで完全に体を再生させました。
さらに、コノハミドリガイにちかい仲間であるクロミドリガイというウミウシを用い、同様の自切行動がみられるのかを146個体飼育して観察したところ、カイアシ類という寄生生物に寄生されている集団にのみ、自切行動が観察されました。
これらのことから、胴体全体を切り捨てるような大規模な自切は、寄生生物から逃れるためなのではないかと考えられます。
そして、心臓がない頭部だけの状態で再生することを可能にしているのは、海藻から取り込んだ葉緑体からエネルギーを得ているためなのではいかと筆者たちは考えてます。
これらの研究はプラナリアのような単純な構造の生物ではなく、心臓を持った比較的複雑な動物が、体の大部分を失っても生存し、再生するという衝撃的な発見です。これらの研究は、今後再生医療などの分野で貢献することが期待されています。
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以下、引用文献
Mitoh, S., & Yusa, Y. (2021). Extreme autotomy and whole-body regeneration in photosynthetic sea slugs. Current Biology, 31(5), R233-R234.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2021.01.014