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【逆噴射2024】Self Liner Notes

 白状するが……おれは今までライナーノーツというものを書いてこなかった。語るべきことは作品で語るべきだという意識と、本音をあまり語りたくない気性が合わさり、あまり楽屋裏の話を出すべきではないと考えていたのだ。

 ところが今回書くことになった。なぜか。一つは酔いの勢いであり、もう一つはここ1、2年で直接お会いしたパルプスリンガーの面々が皆やっているので気持ちが変わったのだ。今後いざこういうものを書こうとするときに、練習するのも悪くない。というわけでライナーノーツをやる。おまえたちはおれのライナーノーツにおけるはじまりの目撃者になるのだ。なった。いくぞ。


1 深郷歌


沈郷歌のサムネイル。エーアイに描かせた一軒家を無慈悲に沈めた。

 大昔、祖母の家に置いてあった一冊の本が記憶に残っていた。村がダムに沈んだという内容だ。それと、今年は初っ端から地震があり、やれ台風だ、やれ土砂崩れだと災害の多い年になった。幸い私自身は被害に遭わなかったが、身内を亡くす不幸は過去に経験していて、ショッキングな記憶を思い出し……これらを合わせることにした。

 兎に角、実家を湖に沈めたので、2つのことを決める必要があった。主人公が湖に潜るにあたって必要な立場と、動機だ。幸い前者はすぐに思いついた。潜水士だ。あまり知らなかったのでいろいろと調べた。技能職なので常人がすぐ一人前になれるわけではなさそうなので、経過した年が8年になった。企業所属だと動きにくい面もあるだろうから、フリーランスになった。実際その道のPROからすれば経歴8年で声がかかるには違和感があるかもしれないが、ここは前提知識がなければ私は納得しただろう、という事でこういう事にした。

 次に動機だが、死んでることが分かってる家族を探しに行こう……という気持ちは私の中であまり浮かばなかったので、生死不明にし、更に湖の人魚伝説が生まれた。人魚になって生まれ変わっているかも……そんな現実離れした夢想も、いざその立場になった信じてしまうかも。その感情なら心の中でGOが出たのでこれで行くことにした。今思うと去年観た『君たちはどう生きるか』も影響しているかもしれない。

 最後、穴の下りで物語は締まる。本来、経験のあるダイバーの活動範囲は30~40Mらしく(ちゃんと調べたら違うかも……)、穴に飛び込むのは本来危ない。だが、母親の歌という導線が主人公を飛び込ませる導線になっている。タイトルに『歌』があることで、この故郷の歌がこの先の話のキーになっているかも……? という期待感も持たせたかった。

 さて、全体として気を付けたことが一つある。ジャンルを定めすぎない事だ。たとえば主人公の心情描写において、『ようやく自分が帰ってこれた実感~』とか『幻聴と疑った~』とか具体的な内容を書いた一方で、『懐かしんだ』とか『驚いた』『恐怖した』とか直接的な言及を避けた。また、描写面についても細心の注意を払った。たとえば人魚の具体的なビジュアルに言及したり、実家内に破壊痕があるとか……なんか怖いものがおいてあるとか……そういうものがあるだけでジャンルが定まってしまう恐れがあった。過去にあったもの、現在あるものを書いていった先に、最後に大穴という不思議で不気味なものがある……そういう事実ベースの記述を書いていったつもりだ。

 本来、ジャンルは定めた方がいいと思う。『こういうジャンルが読みたい』と本を手に取る読者も実際多いし、いつまで経っても進路が定まらないのはストレスなので、実際難しいチャレンジだ。ただ、この話を思いついたときに、ポテンシャル的に敢えて定めなくても面白い800字のまま突き抜けられるという期待があった。何より『下に何があるかわからない不安』という構造自体が、沈んでいく物語の構造とマッチしている。そんなわけで試行錯誤を繰り返し、最終的に納得のいく出来になった。逆噴射も後半戦になったが、決して他の有力作品に負けてない作品だと思っている。

 直近の作品を中心に読んでいて、まだお読みでない方々はぜひお読みいただきたい。



2 セカンド・サン・フライト


サムネイル。太陽と手の甲を別々にエーアイに出力してもらった。

 実は当初没にする二つの作品を合わせたものだ。一つは前半の月を食べた吸血族……月食鬼の話で、もう一つはイカロスがもう1回飛ぶ話だ。奇妙な話で、書いている間は月と太陽という関連できそうなテーマがあるのに別々の話だと思っていたのに、ある日床にはいると突然融合条件が閃いたのだ。こういう、アイディアが開く快感は長く創作をしていても常に新鮮で、好ましいものだ。

 さて、前半部分の月食鬼の話は、沈郷歌にもあったような、事実を淡々と積み重ねる話だ。月がなくなって今度は太陽がなくなりかけているという突拍子もない話だが、文字で書くと事実になるんだから小説とは恐ろしい。元々800字かけた装飾をすべて取り払ったので半分以下で収まった。こういうのは短ければ短いほど逆に凄みが増す気がする。

 後半のモルモーンと包帯の男……イカロスの会話シーンは、段々と「こいつイカロスじゃね?」ゲージを貯めてもらって、最後に名前を出して「やっぱり~~~!!」と気持ちよくなってもらうためのものだ。ちょくちょくギリシャ神話に出てくる名前を出して、次に太陽に焼かれたことを言及してもらって、最後に本名を出す。一度失敗して文字通り火傷を負った男が再び挑戦せんとする……詳細に書かなくても生まれる物語性が本作の骨子の一つとなった。問題はイカロスを知らないと面白みが分からない事だが、そこは読者層を信用することにした。

 一方のモルモーンだが、本来種族の違う人々の街に単身乗り込み、身の危険を承知で依頼に来たわけなので、彼女もタフな女性である。事態が事態なので、誘惑とかえっち系ではなく、理知的に真摯に頼み込むような展開になった。真面目な場面では真面目にしてくれるキャラクターが好きなので、個神的には良いと思う。あとはイカロスと彼女のタッグがどんなやり取りをしてどんな結末を迎えるのか……。

 実際に飛び立つところまでは書けなかったが、この先早い段階で飛んでいくことは予想できるだろうから、むしろキャラクターの方に尺を割いた作品となった。こういう書く/書かないの取捨選択は常に頭を悩ませるところだが、色々試した結果こっち側に舵を切ったので、結果的に満足している。



未来へ

 誰かを納得させることは難しいが、自分を納得させることも少なくとも同じくらい難しいと思っている。故に、10月四週目の末になっても日々名作が投下される逆噴射小説大賞において、両方とも納得の出来のものが書けたのがまずはウレシイ。それから、この記事を執筆している時点でどちらも39いいね。もいただいて本当にありがたい。すでに読んでいただいた皆様、本当にありがとう! いつも励みになっている。

 小説に限らず、創作を衝動でやる人、理知的に作り上げる人両方いるが、私はどちらの思考も自分の中にあるように思っている。どちらかに偏らず、どっちの思考にも耳を傾けて、今回こういう作品ができた。そして来たる年末年始……! コロナビールは誰の手に渡るのか。他のパルプスリンガーの作品を覗きながら、その日を待ちたいと思う……。以上だ。


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