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深海都市を求めて



 空漠と広がる海。唯一孤立する灯台が、その海上を無感情に見下ろしている。行き交う船はない。人の集落もない。ここは”果ての海”。泡沫世界の中でもとりわけ奇妙な、海と灯台の島で構成された世界である。


 この灯台がいつ頃建てられたのか? 自称管理人でさえその答えを知らない。今は人が棲んでいるが、灯台が明かりを灯したことは一度もない。それ以前も、灯台として機能を果たしたことが果たしてあっただろうか。島の外は一面の海であり、灯びを必要とする船など、この世界のどこにも存在しないのだから。


 ――だがこの日、管理人の知る限り、初めて灯台の燭台に火が宿った。その機能だけは忘れていなかったかのように、灯台は煌々と空に存在を知らしめた。これだけの光量であれば、どれだけ遠く離れても……海の中からでも見失わずに済むだろう。管理人、バルカスは満足げに頷いた。


「ノナとかいう学者は、まだ来ねえのか」

 三角帽子を弄りながら、バルカスが悪態をついた。彼は渡りの魔札使いである。身に着けているのは、外世界で購入したそれらしい服装だ。一見様になっているが、当然ながら彼には何の権威もない。

(用心棒をつれてくると言っていた。もう暫し待て)

 テレパスで返答したのは、翼の生えた甲殻であった。


 ピンク色の外殻をしており、羽根の生えた海老や蟹の仲間に見えるそれは、実際には菌類に属する知的生物である。ミ=ゴという種族名で知られる彼らは、人種よりも数は少ないものの、高度な知能と探求心を保有し、主に学問や科学の徒として各世界で活動していた。

「用心棒だぁ? 俺はここで暮らして長いが、一命の危機なんて陥ったことはねえぞ」

(お前は知らないだろうが、深海は未知の生態系が築かれている。その上、世界によってその特色は大きく変わるものだ。どれだけ危機を想定しても、し過ぎるということはない)

「へえへえ、ンガゴルフさんは心配性だな」

 ンガゴルフ。このミ=ゴの個体名である。通常のミ=ゴと異なり、ンガゴルフはバルカスと同じ渡りの魔札使いだ。海に深い関心を持つ彼は、同族のいる世界を離れ、世界中の海の探求に精を出している。果ての海にも度々訪れており、バルカスと既知の仲であった。

「それにしても、本当にそんなモノが海の中にあるのかね」

(確証はない。今回、私たちは実在を確かめに行くのだ。お前の身の安全も保障できない。これまで通り、灯台にいてもいいのだぞ)

「そういう訳にいくかよ。実在するんなら、すべて俺の財産だ」

 これまでの海底探査では、バルカスが同行したことは一度もなかった。彼は極端な実利主義で、海へのロマンなど持ちあわせない。静かな世界、安全な灯台……住処としての安全性だけが彼がこの世界に感じていた価値であったからだ。とはいえ、元々賞金稼ぎでもあったこの男は、一度利益になると判断すれば、ある程度の危険を顧みない性格でもあった。今回、初めての同行を申し出たのもそれが理由だ。

「絶対に見つけてやろうじゃねぇか。海に沈んだ都市をな」

 バルカスが野望に満ちた笑みを浮かべた、その時であった。空間に泡沫が一つ生じ、中から一組の男女が現れた。一人は鱗の生えた女性であり、もう一人は存在感を放つ屈強な男であった。女性はぴょんと島に飛び降り、待ち人二人に声をかけた。


「お待たせ。彼に状況を説明するのに手間取っちゃって」

(元気そうで何よりだ、ノナ。それで、彼が用心棒か?)

 ノナの背後の男は海をじっと見つめていたが、三者の視線に気づき、口を開いた。


「おれはヴァン・リユウだ。強者がいるかもしれんと聞いてきた。よろしく頼む」

「オイオイ、用心棒つって魔札使いかよ。そんななりで、海の中で役に立つのか?」

 バルカスは怪訝な目をリユウに向けた。

「ちょっと、リユウはそこらの魔札使いとは一味違うわよ。彼の実力は私が保証するわ」

 ノナがリユウをフォローした。とうのリユウは、まるで初めて見るように海を眺めている。

(果たして、魔札の実力が深海に通用するだろうか)

 ンガゴルフが会話に割って入った。

(ヴァン・リユウ。潜水の経験はあるか?)

「素潜りは得意な方だ。大昔は、故郷の河でよく遊んだものだ。もっとも、この海というものに潜った経験はないな」

(ならば、我々は君の強さを当てにしない方が良さそうだ)

 ンガゴルフが1枚の魔札を使用した。すると、彼の体色と同じピンクの機体が海上に出現した。海底探査機であった。大きさは十分で、皆が入れるほど余裕がある。搭乗口がゆっくりと開いていく。


(メンバが揃ったので、これより深海探索を開始する。目標は海中の都市らしき存在の発見、調査。海中の危険は極力避ける。有事には私とノナの指示に従ってもらう。……それでは諸君、搭乗したまえ)



 深海探索開始からおよそ半刻。海底探査艦の旅は驚くほど静寂に満ちていた。覗き窓から伺える外界は常に闇そのもので、どれ程の深度にいるのか、景色だけでは判断ができない。コクピットの計器のメーターだけが唯一、現在も潜航中である事を示し続けていた。

「なぁ、随分気長な旅じゃねえか」

 退屈にしびれを切らし、バルクスが口を開いた。

「外はずっと真っ暗だけどよ。危険とやらはどう見つけりゃいいんだ」

(深海では照明の届く距離が限られ、目視での探索は非効率だ。代わりに、この艦は複数の機器によって周囲の探知を行っている。これを見ろ)

 ンガゴルフが端末を操作すると、コクピット中央に球状の立体映像が照射された。映像は艦を中心としたマップのようで、海溝の壁が常に表示されている。また、付近を泳ぐ魚も捉えるようで、時折画面端に魚の群れが現れては、すぐに泳ぎ去っていく様子が映っていた。

「おい、今の魚滅茶苦茶デカくなかったか? 襲われなかくてよかったぜ」

 バルクスが指摘した魚は、艦よりも一回りほど大きい魚影であった。

「今の魚は雑食じゃないのよ」

 ノナが解説した。

「私達と同じように魚たちも深海では目が効きにくいから、互いの位置関係が分かりにくいのね。だから、泳いでいる魚は小さい浮遊生物を食べていることが多いの。もし艦を襲うようなタイプがいるとしたら、一か所に待ち構えているタイプだと思うわ」

「例えば、ああいう奴か」

 遮ったのはリユウだ。リユウは立体映像ではなく、正面の覗き窓を向いていた。そちらを見やると、探査艦の照明灯が、暗闇の中に潜む巨大な大口を照らしていた。

「おい、おい……こいつはやべえんじゃねぇか」

 バルクスは立体映像を見ていた。映っていたのは、探査艦が2つ入るであろうほどに胴が太く、その胴が大蛇のように長い、海の怪物であった。また、怪物の身体は海溝から飛び出ているようで、艦が潜っていくうちにそれの住処に着いてしまったようであった。

(今までの調査で、この深度以降の探索が困難だったのは主にこうした事情によるものだ)

 ンガゴルフが平然と言った。

「他の場所はなかったのかよ!? よりによってこんな奴と……」

(幾つかのスポットで潜った結果、このオオウツボの溝沿いが一番安全であると判断したのだ)

 窓の向こうでは、オオウツボなる深海の怪物が大きく顎を開いていた。僅かな明りの中であっても、オオウツボの凶悪な牙を見れば、探査艦など容易にかみ砕いてしまうであろうことは容易に想像ができるであろう。ノナでさえこの状況に恐怖し、バルクスは目と耳を塞ぎ蹲った。

(当然、以前までの探索を踏まえて艦を改良してきた。今回積んだ機構の幾つかが通用すれば、オオウツボを退けることが可能だろう。まずは――)

 ンガゴルフが装置に障ろうとする直前、リユウが前に進み、窓の前に立った。直後。リユウからとてつもない存在圧が放たれ、計器の幾つかが僅かに乱れた。眼前のオオウツボよりも尚恐ろしい恐怖に、バルクスは反射的にのけぞった。

「……!? 嘘でしょ?」

 果たして何が起こったか。覗き窓からオオウツボの姿が見えなくなり、立体映像上でも、溝の中にオオウツボが引っ込んでいく姿が映し出された。眼前の出来事に、三者は茫然としたままリユウを見つめた。

「故郷の河にも、おれよりでかい魚がいた。脅かすと逃げて行ったが、海の魚も同様のようだな」

 リユウは懐かしむように言った。


 それからの旅も平穏な潜水行であった。時折巨大な魚の影が映像に現れるも、元々肉食でないためか、はたまたリユウに怯えているのか、彼らは艦を通り過ぎていった。珍しい魚が見つかればノナが興奮し、その度ンガゴルフと口論を交わす様を、バルカスは無感情に眺めていた。

 隣のリユウは目を閉じてじっと座っている。覗き窓から見える景色も相変わらず暗闇で、代わり映えしない。手持ち無沙汰である。再び退屈に耐え切れなくなり、バルカスが口火を切った。

「……なあ、深海都市ってのはどこまで深い場所にあるんだ? 前はどれだけ時間かかったんだよ」

「そうだ、以前の探索で都市を補足したっていう地点、聞いていた話だとそろそろじゃない?」

(ノナの言う通り、予定ポイントには既に到達している)

 ンガゴルフが機器を弄りながら言った。

(以前の探索で、複数の妨害に遭いながら最も潜水できたのがこの深度、この場所だ。後の解析で明らかになった事ではあるが、以前確かにここで探査艦は都市の一角を捉えていた筈だ)

「都市っていってもよ。何が見えりゃ都市だって分かるんだ?」

 バルクスが球状立体映像を睨む。既に海溝の壁からは離れており、付近に衝突の恐れのある壁はない。時折通り過ぎる魚影を除いて、艦の周りには何も存在しなかった。

「以前見せて貰ったデータだと、複数の高層建築物だったわね」

 ノナの発言を受けてか、立体映像に過去の映像が半透明上に複写される。映し出されたのは複数の構造物で、凹凸が少なく一見すると単なる立方体に見える。しかし、よく観察すると各側面に規則的に僅かな凹みがある事が確認できる。

(このパターンは高層ビル、タワーブロックなどと呼ばれるものだと考えている。凹凸の正体は四角窓だろう。1軒1軒がかなり大きく、相当数の生物を収容する事が可能だったはずだ)

「そんなモン、建ってるなら探知できる筈じゃねぇのか?」

 バルカスが反論する。立体映像上、やはり建造物らしきものは映っていない。

「伸縮する建物というのも別世界にあったりするけど……そういう感じには見えないわね、このデータだと」

(ほかに考えられるのは、都市自体が移動しているパターンだ。以前、建物を捉えた時間はほんのわずかな時間だった。艦自体が浮上を始めたからだとしても、あまりに短い時間だ)

 ンガゴルフとノナが意見を言い合った。

「そもそも、本当に建物だったのか? 何かの間違いだったって事はないんだよな?」

(あり得ない話ではない。例えばキューブ状の形状を持つ魚類が生息していて、私がそれを建物と誤認した可能性は否定できない……それはそれで相当珍しいだろうがな)

「おいおい、そんな話で俺を巻き込んだのかよ!?」

(確証はないと言ったはずだぞ)

「ちなみに私は魚だと期待して来ているわ! もしそんな魚がいたとしたら絶対ユニークだし」

 三者の会話が盛り上がっていた頃。ついにリユウが口を開いた。

「ンガゴルフ……だったか。おまえが言う、都市が移動しているという説は正しいかもしれんぞ」

(どういうことだ?)

「何かおおきいものが近づいてきているようだ」

(!!)

 ンガゴルフはすぐさま計器を確認した。当初は何の反応もなかったが、計器の探知範囲に入ったのか、程なく前方からの接近反応が認められた。

(リユウの言う通り、接近する巨大物体がある。それほど早くはないが、念のためこちらも減速して警戒する)

 ンガゴルフの念話が響き、ノナとバルカスは息をのんだ。果たして、接近してくるのは魚か、都市か、未知の何かか。やがて、接近してきたと思われる対象物が、球状の立体映像に描写される。その姿は――

「ビルだ!」

 映し出されたのは、前回探知されたものと同じ、建造物に似た立方体群であった。それも、1棟や2棟などではない。大小様々なサイズ差はあれど、規則的に配置された、建造物による街並が映しだされていた。

「おい、おい! 見ろよ!」

 バルカスは他者を呼びかけながら、真っ先に覗き窓へとへばりついていた。すぐノナが、そしてンガゴルフも続いた。彼らはしばし、言葉を失った。

(本当に、存在したとは……)

 感嘆の声を漏らすンガゴルフ。甲殻の隙間の疑似眼球の先、同じく小さな窓を介した先に、広大な都市群が広がっていた。


「スゲェ……これが深海都市かよ」

 バルカスが息を呑んだ。探査艦の照明灯がなくとも視認できるほどに、眼下の都市群自体が輝いている。実際には、各構築物の窓から明かりが漏れており、十分な光量を放っているようである。バルカスの目には、深海都市それ自体が巨大な宝石箱のように映っていた。

「各建物の照明の原理は何かしら? そもそも、どれだけの時間深海を彷徨っていたのか……」

(そこまで外傷が見られない。視認する限りはそれほど劣化していないように思う……とにかく詳細を確認したい。これより探査ポットを投下する)

 ンガゴルフが機器に魔札を挿入する。すると、艦自体が僅かに揺れた。覗き窓を見やると、艦の外殻の一部が開き、中から小型の探査機が3機ほど発射された。探査機は球状の身体に小さい手足がついている。それぞれ泳いで別々の建造物に近づこうとしていた。

 手足の先の吸盤が、建造物に触れようとする……まさにその瞬間であった。


「お、おい、何だ今の!?」

 バルカスが叫んだ。高速で飛来したなにか・・・が、探査ポットを貫いたまま去っていったのだ。

 次いで、艦自体に衝撃が走る。計器が大きく乱れ、危機を示すランプが赤く点滅した。

「今度はなに?」

(何かが激突したようだ! これは……艦の周囲に展開させていた結界障壁が削られている)

「早くここから離脱しろ」

 リユウの力強い声が艦内に響く。ンガゴルフはそれまでの作業を中断し、何らかのボタンを押した。

(承諾した。皆、シートに座るか、何かに捕まれ)

 直後。激しく艦が揺れ、思わずバルカスは尻餅をついた。ノナも覗き窓近くの取っ手に捕まり、必死に耐えていたようである。バルカスが非難しようとすぐに起き上がり……

「おい、ウソだろ……?」

 彼は正面の覗き窓を見た。都市から一瞬で遠ざかったことが瞭然であった。だが、彼が驚いた理由はそれではない。都市の向こう、輝ける深海都市の先から、こちらを見据える存在に気付いたからだ。

「どうやら、都市はアレの釣り餌だったようだな」

 この距離であれば、それの存在は一目瞭然であった。都市が建つ球状の土台、そこから伸びる太い線を辿った先……線の根本は、その生物の背びれの一つから伸びていた。艦よりも一回りも二回りも大きく、あるいは先ほど対峙したウツボよりも巨大な存在。まさしく、怪魚と呼ぶにふさわしいその生物の名前は――

「アンコウ! 巨大なアンコウよ!」

 ノナが叫んだ通りであった。それは、都市を生やした巨大なアンコウであったのだ!

「アンコウ……ってのは、普通はどんな魚なんだ」

 バルカスが尋ねる。

「深海魚の一種よ。誘引突起と呼ばれる器官から放たれる光で魚を誘って食べるタイプの魚」

(あの怪魚の場合、それがあの都市なのだな)

 四人は怪魚を見つめる。窓越しの怪物は、都市を挟んだ先にいるにも関わらず、こちらの存在をしっかりと認識しているようだった。

(もう一つ、驚くべき事実がある)

 ンガゴルフの念話は、まるで震え声のようであった。

(アレは、魔札使いだ)

「なんだと?」

 リユウが強く反応した。

(艦の周囲には、僅かだが私の結界障壁を展開している。魔札による攻撃以外であれば多少弾くことが期待できるが……先ほどの一撃は、その障壁を貫通してきたのだ。つまり、魔札による攻撃以外考えられない)

「そんな、魚が魔札使いになるなんて聞いたことねえぞ」

「魔札使いになるには一定の自我が必要なはず。少なくとも、深海に生息するような魚がそれを獲得するなんて、私もにわかに信じがたいわ」

「ふむ。驚くような話ではあるまい」

 反論したのはリユウだ。

「ただの明かりならともかく、都市にあえて近づく者など文明を持つ知生物以外考えられん。アレはそういう対象を喰らうために知恵をつけ、魔札使いになった魚なのだろう」

 そう言いながら、リユウは艦の射出口へと向かった。

「そして、奴はまさにおれが待ち望んだ相手だ」

「待ってリユウ! 外に出るつもり!?」

 決断的なリユウに対し、周囲は困惑した。

「先ほどの攻撃速度を見ただろう。尻尾を撒いて逃げ出しても、奴が放つ魔札攻撃の的になるだけだ。ならばおれが出向く方がおまえたちにとってもいいはずだ」

 意外にも、リユウの言葉は一定の論理があった。リユウ自身が生身で海底に出ることが前提となっている点を除けば。

(リユウ、ここは深海だ。生身の人体が活動することは不可能な場所なのだ。水圧が高すぎて、一瞬でも外に出れば、はじめに肺が、次いで全身が潰れて死んでしまうだろう。これはきみの頑強さの問題ではない、生物の限界なのだ! 私とて即死は免れないだろう。どうか考え直してくれ。何か別の手を――)

「ンガゴルフよ」

 リユウが念話を遮った。

「素潜りは得意だと言っただろう。おまえの言う理屈はよくわからないが、任せてくれ」

(ムゥゥゥ……)

 ンガゴルフは説得の言葉を探したが、見つからなかった。

「……リユウの言う通りだ! ここで誰か出なきゃ俺たちみんな全滅だ」

 バルカスはリユウの言葉に賛同した。

「もし死んじまったとしても、囮にさえなってくれりゃ俺たちは助かるんだ。リユウ。俺はお前の事は忘れねえ。だがまあ、強いて言うなら何か防具みたいなもんで深海から身を護れりゃあ……オイ!」

 バルカスの話の間に、リユウは生身のまま射出口に入ってしまっていた。

「おれを発射しろ!」

 リユウの声が響く。もはや、いかなる説得も不可能なように思えた。

(……本当に残念だ、リユウ)

 ンガゴルフは観念し、射出ボタンを押した。



 ガコン。艦からリユウが飛び出す様を、ンガゴルフは窓から見守った。間もなく、リユウの身体は無惨な姿に変わるだろう。ノナとバルカスはその予感のせいで、リユウの姿を正視できず、目を閉じて祈った。

 一秒、二秒、三秒……リユウはどうなったのか。その時、ンガゴルフの念話が届いた。

(馬鹿な……信じられない)

 それを聞いたノナ達は目を見開き、窓を直視した。その先には、手を振るリユウの姿があった。

「オイオイ、野郎生きてやがる!」

「嘘でしょ……どれだけの深度にいると思っているのよ」

 無邪気に喜ぶバルカスに対し、ノナは驚愕に打ち震えていた。ンガゴルフの言う通り、いかに強靭な肉体で以っても、常人は海底の環境に耐えられない。半魚人のノナでさえ、いきなりこの水圧下に出れば、たちまち死んでしまうだろう。

 ならば、そんな環境下で平然としているリユウとは、一体なんなのか。人間の皮の中には、一体いかなる道理が秘められているのか。以前の体験でリユウの人間離れのほどを知っているつもりだったノナだが、改めてリユウの底知れなさを感じたのであった。

(行ってくる)

 窓越しでは言葉は分からないが、リユウの口がそう動いたように見えた。次の瞬間、リユウは艦を蹴り、巨大アンコウの方に一直線で泳いでいった。一流のスイマーでさえ驚く速度であった。

(……とにかく、リユウが戦ってくれるならば、我々は時間が稼げる)

 ンガゴルフの言葉に、ノナとバルカスは我に返った。

(都市が誘引突起の一部だと判明した以上、これ以上の調査は危険だ。これよりリユウの言葉通り、深海からの脱出、浮上シークエンスに移行する)

 ンガゴルフが冷静に機器を操作していく。

「なにか必要なことがあったら言って!」

 隣でノナがサポートする。ンガゴルフの操作を一通り眺めていたため、ある程度の補助ができるのだ。

「お、俺は周囲の状況を見ておくぞ」

 バルカスは機器が分からないので、球状立体映像を注視した。

 こうして艦は速やかに踵を返し、リユウが向かった方向とは反対方向へと離脱していった。

(リユウ……生きて帰ってね)

 ノナは一瞬振り返り、遠く戦いに望むリユウの身を案じた。


(オオオ……オマエ美味ソウダナ……)

 アンコウの念話。ンガゴルフの理性的な声とは異なる野生的な声。

「魔札使いの魚か。おれに勝負を挑んでくる魚など故郷にはいなかった」

 リユウは笑った。

「どれほどのものか。手合わせ願おう」

 水中でリユウが構えた。アンコウが笑った。


衝突コンフリクト!」衝突コンフリクト


 アンコウから動いた。ヒレの動きに連動し、魔札が閃く。やがて巨大なヒレの影から、一体の魚が出現した。


「……なかなかにデカイな」

 呼び出されたのは厳密には魚類ではなく、海を住処とする巨大な哺乳類、鯨を模した生物であった。巨大な建造物を背中から生やしており、アンコウとの関連性を感じさせる。

「面白い。おれの手番だな」

 リユウが魔札を引いた。

(敵のデッキは魚デッキ……群れを並べて攻撃してくるだろう)

 リユウは思案した。幸い、彼の手札には敵の魔札生物を破壊する魔札が揃っていた。

(まずはアレを叩く)

 リユウの拳に炎が宿った。魔札呪文による効果である。


 リユウは素早い泳ぎで距離を詰め、鯨へと拳を叩き込もうとした。だが、その時である。

「!?」

 鯨の背の構造物から魚が勢いよく飛び出し、リユウへと突っ込んできたのだ!

 

「ぬうっ」

 槍のように鋭利な突起を伸ばす魚であった。すれ違い様にリユウの身体……正確には彼が纏う結界障壁が抉られた。鋭い痛みが走るも、リユウは勢いを落とさず鯨へと燃える拳を叩きつけた。

「グオオォォォォッ!」

 魔札による火は深海の中においても一切消える道理なし。臓器を抉った炎が全身へと広がり、瞬く間に鯨は消滅した。だが。

「貴様にはダメージを与えられなんだか」

 リユウは呟き、距離を取った。炎の拳は生物にダメージを与え倒した後、超過したダメージ分が本体に貫通する呪文である。しかしフォートクジラの耐久値は高く、倒しきれはすれど、ダメージを超過させることは敵わなかった。即ち、アンコウは未だ無傷である。

 リユウは無言で手札を見つめる。魔札による決闘は徐々に使用できる魔札の質と量が増えていくため、逆に最序盤に使える手は限られている。この手番中、これ以上リユウが取れる手段はなかった。

「……手番終了だ」

 リユウはそう宣言しながら、先ほどの現象を脳裏に反濁した。リユウが魔札を唱えた瞬間、フォートクジラの要塞から魚が飛び出した。アレは如何なる能力を持った生物だったのか。仮に場に残したままにしておけば、アンコウの場に魚が増え続けていたことだろう。一撃で倒せたのは僥倖だったが……。

(魚を射出する能力。あれほどの能力を持った魚を易々と破壊させるものか?)

 リユウは破壊されたフォートクジラについて未だに懸念を抱いていた。野性的な勘に基づくものだろうか。

(ボボボ……ボクノ手番……)

 アンコウが魔札を引く。ヒレを動かし、器用に手札の魔札を入れ替えると……

(コココ……コイツヲ召喚スル)

 アンコウが新たな生物を呼び出した。先端に怪しげな器官を供えた魚であった。

(ドクターフィッシュ効果……死亡シテイル魚ヲ再生スル)

「……!」


 ドクターフィッシュの突起物が閃くと、周囲に漂っていた死した魚の残骸が痙攣し、徐々にその身体がフォートクジラ……先ほどリユウが倒した魔札生物へと産まれかわった。

「む……!」

 やはり、あの生物は戦術の核だった。恐らくドクターフィッシュ以外にもフォートクジラを活用する魔札が入っているのだろう。リユウは苦い顔をした。

(サササ……更ニ戦力ヲ増強スル)

 アンコウは更なる手駒を呼び出した。狂暴な牙と鋭利な尾ひれが特徴的な巨大マグロである。


 スピアフィッシュ、ドクターフィッシュ、キラーマグロ……狂暴な三体の魚たちがリユウへと狙いを定めた。

(行ケ、我ガ同胞タチ)

 アンコウのヒレの合図と共に、三体の魚が水を裂きながら突進を始めた。その様はさながら、海中で同時に放たれた三本の矢である。それらすべてがホーミング性能を有し、リユウの心の臓目掛けて急速接近している。

「対応する」

 対し、リユウは冷静に魔札を構えた。同時に、この攻撃に便乗してこないフォートクジラの様子を伺う。防御力に特化した生物であるため、攻めてこないのは納得できる。問題は、こちらの魔札使用に対し、能力を使ってくるか。


 リユウの拳から稲妻が迸り、襲い来る魚たちを全て撃退!更にフォートクジラをも感電させるが、こちらは撃破するまでには至らなかった。

(生物を新たに召喚しない……?)

 一方、リユウは撃破できなかった当然の事実でなく、フォートクジラの能力が誘発しなかった事に驚いていた。リユウの想定では、雷震拳が放たれるより先、フォートクジラが新たな魚を生み出し、その牙がリユウに攻撃を加える事を読んでいた。

 無論必要なダメージだと割り切っていたが、実際にはフォートクジラは沈黙を保ったままで、アンコウの場には新たな魚は出ていない。リユウは今回の防御に伴い、ダメージの回避以上に大きな収穫を得た。それは、フォートクジラの能力発動条件への推察である。

(フォートクジラの能力には何か条件があるな。魚を射出する条件が……)

 もし仮に相手の魔札が、その能力まで仔細に確認できるのであれば、リユウがこうした推理を行う必要はなかっただろう。だが、決闘の場において、相手の魔札能力は明かされず、実際の発動を以って判断する必要がある。ただでさえ海中という環境下である。なんという極限の決闘であろうか。

(わざわざ墓場から釣り上げたのだ。あれが奴の戦術の中核であることは間違いない。その能力が不安定であるならば、なにかしらの手段で補うはず)

 リユウはフォートクジラを、そしてアンコウを見据えた。

(テ、テテ……手番終了)

 アンコウが宣言した。無機質な魚眼からはその感情は読み取れない。攻撃が不発に終わり焦っているのか。或いはなにかを企てているのか。

「問題はない。ただ勝つのみ」

 あらゆる雑念を断ち、リユウが新たな魔札を引いた。後攻4手番ターン目。先の手番よりも、よりコストの高い魔札を使用することができる。

「……」

 リユウはアンコウを、フォートクジラを、次いで自分の手札を見た。これまでの攻防でフォートクジラの能力起動条件は予想がついた。アンコウの行動次第では、この手番中に決闘を制することができる。思考の後……リユウは仕掛けた。

「フォートクジラ、今度こそ仕留めさせてもらうぞ」

 次の瞬間。リユウはフォートクジラの目の前まで瞬間移動し、まさに致死の拳を振り上げんとしていた。破壊効果を伴った拳である。


 赤く輝く拳がフォートクジラを砕こうとしたその刹那。フォートクジラの周囲に結界障壁に似たバリアが展開し、放たれた拳を受け止めた!アンコウの防御呪文である!


(フォートクジラハ……ハハハ……破壊サセナイ)

「またも魚を出さなかったな」

 リユウが挑発的に言った。

「フォートクジラはおれの魔札使用に反応して魚を射出する生物だろう。だが、雷震拳と致死の拳を放ったとき、能力を発動しなかった。なぜか?当ててやろう。能力の発動条件を満たさなかったからだ」

(…………)

「その発動条件とは……おまえの山札の上!クジラの能力とは、山札の魚を射出する能力だ」

 リユウが断言した。

「射出する弾がなければ……山札の上に魚がいなければ、フォートクジラは何もできない。いわば弾切れ状態!不能となったフォートクジラなど、如何に守られようとただの壁に過ぎぬ」

(……正解ダ)

 アンコウが肯定した。

(フォートクジラノ能力。オ前ノ言ウ通リ)


 (今ハ山札ノ上ニ魚ガイナイノデ能力ハ常ニ不発。ソノ通リダ。……ダガ、コレデ弾切レトイウワケデハナイ!)

 アンコウが新たな魔札を繰り出した!魔札からは何匹もの魚が放たれ、周囲を回遊した後……それらの姿は魔札に変わり、アンコウの山札へと加わり始めた。決闘中に新たな魔札を生成する呪文である。それも10枚!


(コレデ貴様ガ魔札ヲ使ウ度、再ビ魚ノ弾丸ガ射出サレル。最モ、使ワナイナラ甚振リ続ケルダケダ)

 アンコウは勝ち誇ったように笑った。だが、アンコウの手は確かに強力な布陣である。山札の上10枚が能力を持たない魚で固定されてしまうが、リユウが魔札を使う度にそれらはリユウを屠る弾丸となる。

 ダメージを恐れてリユウが何もしなければ、アンコウは引いた魚をただ召喚して攻撃し続けるだけでいい。そして何より、中核を担うフォートクジラが無敵となっていることで、戦術が崩される心配もない。手札もまだ残っている。

 まさに絶対絶命の危機。だが、リユウは……笑みを浮かべた。

「対応する」

(……!)

 魚たちがアンコウの山札に加わっている最中、リユウは新たな魔札を使用した。装填中の只中のため、フォートクジラは能力を使えない。

「反覆拳」

 リユウはただ、魔札の名を放った。


(ナナナ……ナンダ……?)

 唱えられた魔札は海水に溶けたきり、何もしなかった。アンコウがその様を訝しんでいる間、遂に最後の魚が山札に戻り、「殺人魚の群れ」の能力が完遂した。

(一体ナニヲ……)

「これで布石は整った」

 そう言ったリユウの外見にも特に変わりはない。拳に炎や雷が宿っている様子もない。アンコウはその様を余計に不気味に感じた。何か致命的なことが起こっているのは間違いがなかった。

「おれはここで」

 リユウが魔札を構えた。アンコウはこの時はじめて、対戦相手に恐怖を抱いた。

「スピアフィッシュを対象に魔札を唱える」


(ナンダト!?)

 リユウの拳に炎が宿り始めると同時、フォートクジラの要塞から、1体の魚が射出された。こうなる事は自明であったはず。たとえスピアフィッシュを倒そうと、新たに魚が召喚されるだけ。一体何の意味があるのか。困惑するアンコウとは裏腹に、強制的に射出された魚は勢いよくリユウへと向かっていき……。

 瞬間。炎の一閃が魚を貫き、アンコウの身を焼いた。

「ガァァァァーーーーッツ!!」

 結界障壁をも貫通する炎にアンコウは苦悶した。だが、それよりも疑問が勝る。何が己を焼いたのか確認せねば。アンコウは攻撃の主を視認し……そして驚愕した。眼前にいたのは、拳を放ったばかりのリユウであったからだ。

(ナ……ナ……?)

 対戦相手としてのリユウは遠くにいる。ならばたった今アンコウを焼いたのはなんなのか。困惑するアンコウであったが、目の前のリユウが海中に溶けるように消えていく様を見て、先ほど唱えられた魔札の名が浮かび上がった。

(コココ……コレガ反覆拳ノ能力カ)

「そうだ」

 遠く、リユウが答えた。

「おまえが生物を出すごとに、おれの炎の拳が唱えられる。この場合……魚が射出される度、それがおれを貫く前にこの拳が魚を焼き殺し、おまえにも
炎を与える」

 燃え猛る拳を前にし、リユウが説明する。

「そして、炎の拳が唱えられたことで、おまえのフォートクジラは再度誘発する」

(……!!!シマッ……)

 アンコウは自軍のフォートクジラを見た。リユウの言葉通り、新たな魚がアンコウの山札から装填され、今まさにリユウ目掛けて射出された。フォートクジラの能力は、強制的に誘発するのだ。

 そして、先ほどと同じ現象が起きた。海中にリユウの分身が生じ、突進中の魚に炎の拳を放つ。その余波がアンコウの結界障壁にダメージを与える。炎の拳が放たれたことで、フォートクジラは再度魚を装填しようとする……。

コレハ……ループ攻撃!!

 アンコウの山札の上から魚が尽きるまで、このループが繰り返される。そしてその度にアンコウにダメージが入っていき、遂には……!!

(ア……ア……アアアアアアァァァッ!!)

 アンコウの慟哭も虚しく、リユウの分身が容赦なく拳を放つ。自滅に向かってフォートクジラは魚を放ち続け、遂にはアンコウの全身に炎が燃え広がる。

「大怪魚よ。なかなか楽しい決闘だった!」

 やがて最後の分身が炎の拳を放ち……傷ついた結界障壁ごと、アンコウの身体を……貫いた!

 おびただしい量の血が広がり、アンコウの末期の叫びが途絶えた。海底都市の主であったアンコウが、遂に絶命したのだ。血の臭いに惹かれて肉食類の魚どもが寄ってくるが、何故か彼らは一定の距離から近づかなかった。

 極限下の決闘を終え、リユウは満足げな表情を浮かべた。ゆらゆらと漂うように前進し、ついに対戦相手であったアンコウへとたどり着く。アンコウからすれば、リユウは格好の獲物に過ぎなかっただろう。だが、リユウにとって、己に向けられた殺意ですら愛おしかった。おかげで得難い対戦が叶ったのだ。

 決闘を終えたことで、リユウは既に耐え難い睡魔に襲われていた。一戦に全ての精神を費やすため、決闘後はすぐに眠ってしまうのだ。地上までは距離があるだろうから、一旦海中で眠りにつこうとリユウは考えた。ンガゴルフがなにやら言っていたが、今のリユウには思い出すほどの余裕がない。すぐにでも睡魔に身を任せよう。そうやって、意識を手放そうとしたその刹那。

「……む」

 意識の断絶の間際、リユウが目にしたのは、自身を眺める複数の魚たちであった。そして魚たちが背負っているのは、輝けんばかりの黄金の都市。アンコウの他にも深海には同種がたくさんいたのだ。彼らもまた凶暴な戦士だろうか。はたまた、アンコウとは異なる文明圏の住人だろうか。いずれにしても、深海にはまだまだ自分を楽しませる要素が眠っているのだ。リユウは期待を胸に、心地よい眠りについた。


 海上、灯台近く。鴎の鳴き声も打ち寄せる波の音さえもしない凪の海に、突如大きな潮しぶきが起きた。海を割り、ピンクの探査艦が浮上したのだ。やがて海面と水平になると、ハッチが開き、搭乗者たちがのっそりと出てきた。みな、疲労困憊といった様子であった。

「あのウツボ、マジでおっかなかったな……」

 髭面の男……バルカスが呻くように言った。

(ウツボ地帯の突破の難は次回の課題だな。あそこまで凶暴だとは……)

「リユウがいなかったら、あれ以上潜ることもできなかったかもね」

 意見を交わしながら、彼らは灯台の島に飛び乗った。その後探査艦はゆっくりと縮小をはじめ……魔札の姿となってンガゴルフの元へと戻った。

「リユウ……」

 一同は広大な海をしばし見守る。相変わらず海は波打つ音すらも返さなかった。さしもの魔札使いも、海という強大な環境には勝てないのか。誰もが諦めかけた。その時である。静寂そのものであった海に、新たな音があった。ドドドド……それは浮上してくる巨大な質量を感じさせる音であった。音は徐々に大きく、近くなり、そして――。

 SPLOOOOOOOOOOOSH!! 巨大な水柱が撒き上がった。一同は驚きながら注視する。やがて潮が引くと、そこには仰向けになって浮き上がるアンコウの姿!怪魚はピクリとも動かず、ただ浮力のままに浮き沈みを繰り返している。だが、誰もが注視したのはアンコウそのものではない。袋のように膨らんだ大腹の中心に、大の字になって仰向けに倒れる大男……

「リユウ!!」

 魔札で海上に道を作り、みなリユウの元に駆け寄った。果たして生きているのか?ノナ達の脳裏に最悪の想像が一瞬過ぎる。だが、彼らの不安とは裏腹に、リユウは笑みを浮かべながら、静かに寝息を立てていた。

 その様子にノナは安堵した。が、あまりに能天気に眠っているために、徐々にむかむかが増してきた。

「……信じられない!」

(うむ、信じられない)

 同意したのはンガゴルフ。だが、まったく別の理由によるものだった。

(深海から急上昇したのだ。水圧の急激な減少によって何か起きてもおかしくはない。だがヴァン・リユウはこうして安眠している……そもそも海中でどうやって呼吸を行っていた? 人型の構造をしているだけで酸素を必要としていないのか? 専門外の分野だが、流石に興味を抱かずにはいられない)

「ま、無事帰ってきたんだからいいじゃねえか!」

 ンガゴルフの考察を遮り、バルカスが笑った。

「海底都市は残念だったがな」

(都市……そうだ)

 ンガゴルフが反応した。同時に、ノナもまた同様の事に思い至ったようだ。

「都市はアンコウの誘引突起の一部だったわね。切れてないとしたら、今都市は――」

 SPLOOOOOOOOOOOSH!! 丁度その時、新たな水柱があった。今度は水が落ちる前から、その全容は明らかであった。アンコウの突起についていた都市が海上に浮上したのだ。今この時、海底都市は海上都市になった。

「おいおい……マジかよ!?」

 突如として出現した海上都市に、皆の関心が移ってしまったのは無理もないことだろう。ンガゴルフは真っ先に乗り込み建物群の調査を始め、ノナと議論を交わしている。バルカスは彼らから離れ、金目のものがないか探り始めた。三者にとって、安息の確認が出来たリユウの事など、既に眼中にはなかった。

 浮上した都市について、未だ未知多き深海について、都市のついた魚たちについて……それらが明かされるのは、少なくともしばらく先の事であろう。

 行き交う船はなく、人の集落もない世界、果ての海。空は常に薄暗く、海はどこまでも広がり、その深さも果てしない。都市からの歓声も遠く、眠り続けるリユウの寝顔を、灯台の明かりがただ見守り続けた。


【海底都市を求めて】 終わり

 


#創作大賞2023

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スキル:浪費癖搭載につき、万年金欠です。 サポートいただいたお金は主に最低限度のタノシイ生活のために使います。