とある競輪キャスターの日常。定宿と念と、塩。
私の仕事は出張が多い。あまり一般的には知られていないかもしれないが、競輪場は全国に43場。大体の県には、競輪場があるのだ。私がお仕事をいただいているのは、主に西の方面の競輪場。ありがたいことだと思う。立派なキャスターの方がたくさんいる中で、東京からこんなポンポコピーな女を呼んでくださるんだから。うーん。自分で言っていてちょっとむず痒くなった。自虐ってあんまり時代に合わない気もする。私は自虐ばかりして30年間いろんな場面を潜り抜けてきたけれど、今は自分を大事に、自分を愛して、なんていう時代だし。大事なことだとは思うんだけれどね。まあ、この議題はまた今度書きたいと思う。今書きたいこととはずれてきてしまうから。さて、出張が多い、というのはどのレベルかというと、少なくとも月の半分くらいは家にいない、というレベル。そうなると毎度様々なビジネスホテルに泊まることになる。一応、私にも定宿がある。現場へのアクセスも良くて、町の雰囲気もいい。近くには先輩に教えてもらった美味しいうどん屋もある。とても気に入っているところなのだけれど、ホテルという場所は何故か疲れが取れにくい。これは移動疲れなのか、人疲れなのか、わからない。その部屋が持っている 気 なのか、それもわからない。ただ、その手の 見えるひと に、私はよく人の念をもらっていると言われる。死人ではなく、生きた人間の。十代や二十代のころはよく人の相談に乗って具合がわるくもなった。心霊ロケに行けば何かに憑依されて泣き出したりもした。ちなみに言うと、やらせではない。本当にめちゃくちゃになることが多かった。三十代にはいって、流石にそろそろ自分の人生を辛くないように生きたくなった。まずは人間関係をコンパクトにしてみた。そうすることで、びっくりするくらい身軽になった。理由のわからない不安で震える日も、眠れない夜も減った。これは本当にいい傾向だな、と感じている。所謂今風の言葉で言うと、断捨離だね。断捨離ってやっぱり大事みたい。人間の持てるキャパって、決まっているから。過去の自分と比べればかなりフラットな状態をキープできていると感じているのだけれど、たまにあるのだ。ざわついたり、不安になったり。そういったときは、ベタだが盛り塩をするようにしている。あ、味塩ではだめよ。粗塩ね。扉の内側、両方の角にティッシュに包んだ塩を置く。そして仕事が終わった後には塩を一口舐める。お世話になっている方に教わったのだが、塩っ辛いな、と感じた時はあんまり状態が良くないらしい。人の念に疲れた時なんだそうだ。どんなに楽しい現場でも、多くの人と関わる仕事は少なからず何かしらの念はもらってしまうものなのだそうだ。ちょっとスピリチュアルな話だけれど。ただ、ホテルには毎日清掃が入る。塩をティッシュに包んでいたらゴミだと間違えられてしまうよな、とか。なんだこの怪しい粉は!なんて通報されたりしないかな、とか。まあいい。捨てられてしまったらまた置こう、なんて思って朝現場に向かった。そして一日現場が終わって帰ってきて、扉を開けるとシーツは伸びていて部屋がぴかぴかになっていた。ただ扉の前の塩だけは、残っていた。そして一枚の封筒がそこには落ちていた。げ、怪しまれたかな、なんて思いながら封筒を開けて中身を見ると、手紙が入っていた。
いつもご利用ありがとうございます。入り口の包みにはお塩が入っていたので、そのまま残しております。もしなにかご要望がありましたらフロントにご連絡ください。
やっぱりこの宿が定宿だな。気持ち悪がらないでいてくれて、ありがとう。さてホテルにもう着くので、伯方の塩を買ってチェックインをします。