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1【水牛の角の火薬さじ】
象の皮膚のような
古い仏閣の柱のような
薄い膜が永い年月をかけ蓄積して徐々に形を成したかのよう。
磨耗しているのか剥がれかけているのか、ひび割れ、なめらかな凹凸がある。
素材は水牛の角。
スウェーデンで、猟銃に火薬をこめるために使われていた民具。
“さじ”だ。
日本でも同様のものが作られていたけれど、日本のものは水牛の角の黒い部分を使ったものが多いのだとか。
不思議なもので、さじなのだ、と思うと全てがそれらしく見えてくる。
円錐形の上部に施された段々も、握りやすさを求めてのものだとわかる。
ろうそくの上にちょこんと鎮座していた。
火消し?
中空の構造を生かし店では火消しとして使っているのだと教えてくれた。
内側も黒く煤けている。
窓際に置いて眺めた。
久しぶりの雨降りで、薄く曇った光を受けた。
神父みたいだなと思った。
静かで磨り減ったまなざしを向けられている気がした。
肯定も否定もないまなざし。
雪の中で猟師が銃を、音もなく構える姿が浮かんだ。
火薬さじ。
この存在にはなんのメタファーもない。
値段はつけていないとのことだったけれど、結局頼んで譲ってもらった。
わたしは銃を使わないし、このさじがその身に火薬を受けることはもうないかもしれない。
このさじが見てきた風景のことをふと考える。
あらゆるまなざし。
そして私は、さじからのまなざしを受ける。
しばらくは、そう思いながらこのさじを見つめる。
2019.3.30@soil