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Vol.182 「直美」問題から考える日本の病院勤務医の懐事情
*2024年12月27日発行のメルマガから転載
本年最後のメールマガジンとなりました。
お歳暮というわけではありませんが、「イシュラン消化器がん」を昨日ローンチしました。
「消化器がん」は幅広く、食道がん、胃がん、大腸がん、肝臓がん、胆管がん、膵臓がんなど全てをカバーしており、これで既存のサイトも含めてがん全体の8割以上はカバーできたと考えています。
また、おかげさまで、本メルマガの会員数がこの12月で遂に9万人を超えまして、来年はいよいよ10万人の大台に到達する見込みです。
来る2025年も、本メルマガをしっかり継続していくと共に、イシュランとして更に新しいサービスを世の中に生み出して参りますので、ご期待ください。
読者の皆さまにおかれましても、どうぞ佳き新年をお迎えくださいませ。
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【記事1】 「直美」問題から考える日本の病院勤務医の懐事情
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「直美」という言葉、最近見たぞという方もちらほらいらっしゃるかと思います。
ソーシャルメディアの医療系界隈で盛り上がり、新聞や雑誌でも取り上げられはじめたこともあり、私的には、2024年の医療界の流行語大賞です(名付け親、センスありすぎという意味も込めて)。
ご存知ない方のために、「直美」は「なおみ」ではなく「ちょくび」と読みます。2年間の初期研修を終えた医師が、後期研修に進まずに”美容外科クリニックに直行する”現象のことを指します。
お医者さんになるには、大学の医学部を卒業したら、まず国家医師試験に合格して医師免許を取得する必要があります。その後、2年間の初期研修を受けます。
この2年間では、様々な診療科を経験すべく「ローテーション」して、臨床の初歩を学んでいきます。
その後、専門の診療科を決めて3年間の後期研修で専門性を深め、「外科」「内科」「皮膚科」「眼科」などの「基本領域」での専門医資格を取得。さらにその後、細かく分かれるサブスペシャリティ領域での専門性を深めていく、というのが通常の臨床医の路線です。
開業するにしても、大きな病院でこうした研鑽を積んでからというのが常道。
2年という短い研修期間のみで美容外科クリニックに直行するのは、極めて異例と言えるのですが、この「直美」を選択する医師が、今や年間200人程度いると言われています。
本稿では、「なぜ”直美”現象が起きているのか」「”直美”の何が問題なのか」「ではどうしたら良いのか」を考えていきます。
まず「なぜ”直美”現象が起きているのか」ですが、3つの側面があります。
1つ目は、美容外科に医師側にとって極めて魅力的な労働条件が揃っていること。
2000-3000万円の年収が約束され、夜勤や当直などは極めて限定的。となると、過酷な労働条件で年収500-700万円程度で働く後期研修医と比べたら「タイパ」があまりにも違いすぎるというわけです。
2つ目は、美容外科での需要が増えてきていること。
美容整形は「自由市場」ですので、需要が増えてきたら、供給を増やそうとする動きが出てくるのは、市場原理から考えたら自然なことです。
3つ目は、「自由標榜制」です。
日本の医師は、その真の専門性如何を問わず、診療科を自由に名乗ることができます。何の専門性もなくても医師免許さえあれば、明日から「美容外科医」を名乗っても問題ないのです。
では”直美”の何が問題なのでしょう。
明らかな問題点として、美容外科医療の質の担保がかなり危うくなるということがあります。美容整形は、当たり前ですが「侵襲」を伴います。それも健康な身体に対して。
「出来栄え」の話もさることながら、一定の割合で、合併症などのトラブルが起きるリスクは避けられません。そうした時に、基本的な診療技術が伴わない医師に治療を任せられるでしょうか?
もう一つの問題が、ただでさえ外科医などハードな診療科の医師の成り手が少なくなってきている中、医師不足に拍車がかかってしまうという点です。
”直美”組が年間200人というのは、小さめの大学医学部2つ分くらいの大きさですから、馬鹿にならないインパクトです。
ではどうしたら良いでしょうか。
前者の美容外科医療の質の担保は、喫緊の課題でしょう。
実は、美容外科にも専門医が存在していて、形成外科専門医を取得し、かつ美容外科の修練を積んだ医師を「美容外科学会専門医」として認定しています。
この美容外科学会専門医が所属する施設か否かというところで、何らかの差別化を促すのが最初にやるべきことでしょう。少なくとも、形成外科専門医は持っていないと診療任せるのは怖いですよね。
後者の医師不足問題については、病院勤務医の経済的インセンティブの改善が必要です。
給与体系を変えるというのが安易な解決法に思えますが、全国の病院はどこも経営難。そうすると、診療報酬を改善する、つまり医療費をもっと上げるという方向性になります。
これは、そう簡単にできる話ではありません。
では何が考えられるか?
ちょっと暴論と思われる方もいらっしゃるかもですが、私は、「昔のやり方」を復活させるのが一つの解ではないかと考えています。それは「心付け」です。
現代では、ほとんどの病院は「謝礼や心付けはお断りします」と明示しています。
「心付け」というのは、本当にお世話になったと感じ、払える人・払いたい人が払えば良いだけの話で、強要されるものではありません。
患者さんに対して親身になって良質な治療体験を提供されている医療職の方々が報われるという意味でも、実はかなり合理的な仕組みではないでしょうか。
イシュランでも後押しする取組みができないか、考えてみたいと思います。
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【記事2】高齢者の抗がん剤治療は「過ぎたるは及ばざるが如し」?
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抗がん剤の新規治療というのは、大抵「足し算」になりがちです。
既存の標準治療の薬剤Aに対し、新薬Bを出そうとする時、治験で比較試験をするわけですが、この時「”A”対”B”」のガチンコ勝負より「”A”対”A+B”」の勝負の方が、勝てる確率は高い。
というわけで、どうしても治療は複雑化する傾向になるのです。
いわゆる抗がん剤の「レジメン」が何種類もの薬剤の組み合わせになっているのは、この傾向があるためなんですね。
遺伝子変異を伴わない非小細胞肺がんで、広く使われるようになった免疫チェックポイント阻害剤も例外ではなく、特殊ケースを除いて化学療法との組み合わせで使われることが多くなってきました。
しかし、本当に化学療法が必要なのか?ということを、高齢者に限って検証しようとした研究が日本(東北大学)から出てきました。
■”Immunotherapy or Chemoimmunotherapy in Older Adults With Advanced Non–Small Cell Lung Cancer”「高齢者進行非小細胞肺癌における免疫療法と化学免疫療法の比較」(JAMA Network)
58施設における、75歳以上のIIIB, IIIC, IV期の非小細胞肺がん症例を調べたところ、次のことがわかりました。
・合計1245名分の症例があり、化学免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤と化学療法の組み合わせ)が投与されたのは354名、免疫療法単剤が投与されたのは425名、プラチナダブレット(複数の化学療法の組み合わせ)が311名、化学療法単剤が155名
・全生存期間の中央値は、上記の順に、20.0ヶ月、19.8ヶ月、12.8ヶ月、9.5ヶ月
・背景因子を調整して化学免疫療法と免疫療法単剤を比較したところ、全生存期間(OS)も無増悪生存期間(PFS)も有意差なし
・グレード3以上の免疫療法関連の有害事象は、化学免疫療法群24.3%に対し、免疫療法単剤群17.9%で、化学免疫療法群の方が有意に発生率が高かった
ということで、本研究の中では、化学免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤と化学療法の組み合わせ)は免疫療法単剤と比べて、効果は同等で副作用が増えるだけということになりました。
この結果を信じるのであれば、高齢者に対しては化学免疫療法まで行なう必要はなく、免疫チェックポイント阻害剤だけで十分ということになります。
ただし、本研究はいわゆるレトロスペクティブ(後から治療結果を比較した)研究なので、エビデンスレベルとしては高くなく、これだけで結論を導き出すのは無理があります。
しかし、今後、日本では特に高齢者において、より強度の低い治療を行なうことでも現行の標準治療と変わらない効果とむしろ高い安全性を得られる可能性を追求する「デ・エスカレーション」試験がもっと必要であり、その観点で非常に意義の深い研究と考えられます。
新薬の多くの治験は、高齢者の比率は実際の患者層と比べると低いのが通常です。
高齢者に限った時、抗がん剤治療が「more is less」(過ぎたるは及ばざるが如し)になっていないかという視点は、日本の国家財政にとっても患者利益にとっても極めて重要な話ですので、今後こうした研究が更に盛んに行われることを期待したいと思います。
※本稿執筆時点(2024年12月27日)で、筆者は非小細胞肺がんの免疫チェックポイント阻害剤や化学療法に関して、利益相反はありません。
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