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エレゲイア・サイクル ~放浪詩人

 トラックの荷台を覆う深緑色のシートが揺れる様子は、始皇帝が死を避けるために用意させた三六五の部屋のうちの一つで開け放たれた窓から吹く夜風によって揺れる天幕のように見える。彼が横たわっている寝台は各州に住む所有者たちが用意した。ダンボールに印刷された皮肉屋の口元めいたマークが腕や背中、尻、脚の形に潰れていたとしても所有者は低評価を下す以外のことはできない。所有者は彼を所有してはいないのだから。彼は欠伸をし、背中を弓なりに曲げて大きく息を吐く。アルコールと歯肉炎、マリファナの臭いは象徴ではなく、彼の分身である。揺れ動き続ける寝台に立った彼は地上を支える巨大な亀の背に乗っているかのような千鳥足で歩き、深緑色のシートをめくった。
 荒涼とした大地、翡翠のような湖、青々した空に浮かぶ入道雲。彼は指を舐め、薄暗いオーケストラピットで視座する老練な指揮者のように指を振った。乾燥した風が指を舐めた。
 トラックが速度を落とすと、彼は荷台から飛び降りて両足で着地した。それから、薄汚れたアロハシャツの胸ポケットに引っ掛けた球形サングラスをかけた。
「おれ自身、馬鹿げたことをしていると思うよ。まるでトルストイ。グルーヴィ……でも、ここはアスターポヴォの駅長官舎じゃない。馬鹿みたいに暑くて、おまけに乾燥している。ところで、ここはどこだい? まったく、早くモーテルを見つけないと、数日後にはコヨーテの餌になっちまう」
 言い終えた彼はワーワー・ワトソンの『ゴーゴー・ワーワー』のベースラインを口笛で吹きながら歩き出した。その後ろ姿は百年前に名誉と誇りを背負い、時に迷うことなく捨てた偉大な宿無し、ホーボーと同じだ。

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