【妄想解説】 大黒摩季「あなただけ見つめてる」 dj hondaリミックス
昨年末にリリースされた大黒摩季30周年記念アルバムに収録されている「dj honda “Anatadake Mitsumeteru” NY, KAWAZOE Connection Mix」という楽曲が正直言葉を失う逸品だったので、この曲について妄想解説していきたいと思う。
先にこの楽曲の概要だけ伝えると、90年代を象徴するJ-POPディーヴァ大黒摩季の代表曲の一つでもある「あなただけ見つめてる(1993年リリース)」を、dj hondaというヒップホップの大御所DJが編曲をしたものとなっている。
「あなただけ見つめてる」のおさらい
私と同世代でこの楽曲を知っている人は多いと思う。というのもこの曲はテレビアニメSLAM DUNKの初代エンディングテーマだったからだ。
当時は「ビーイングブーム」と呼ばれる社会現象の真っ只中で、ビーイングというレコード会社に所属しているアーティストが軒並み好セールスを叩き出していたという時代背景がある。主なビーイング所属のアーティストはZARD、WANDS、DEEN、T-BOLAN、FIELD OF VIEWがいるが、大黒摩季もその内の一人だ。
「あなただけ見つめてる」の特出すべき魅力はその歌詞にある。Googleで検索するとサジェストに「あなただけ見つめてる 歌詞 ヤバい」と表示される程度に、この楽曲のドープな歌詞世界は広く知れ渡っているように思う。ここで改めて歌詞を掲載しておく。
恋人に合わせるあまり自分らしさを見失ってゆく女性を描いたブラックなラブソングである。とwikipediaの楽曲解説にある通り、これは主人公の女性による異常なまでの献身性が描かれている。一人称視点で描かれているにも関わらず「私」といった一人称が使われていないので、以降この主人公の女性を「夢見る夢なし女」と呼ぶ。
夢見る夢なし女は、自分の趣味や行動、人間関係などすべて犠牲にして、あなただけ見つめることを決意している。そんな彼女のチャーミングなポイントは「Partyには行きたい」ところだ。
唯一、パーティに行くことだけは勘弁願いたいと提言するこの部分に、彼女の価値観が大きく反映されている。極めて社交的でアッパーな願いを持ったヒップな女性である。
dj hondaについておさらい
ここで、dj hondaについても簡単に話しておきたい。ちなみにヒップホップに人生を捧げてきた私だが、dj hondaを語るには未熟だという自覚があるので、その点ご容赦いただきたい。
dj hondaは御年58歳の大御所ヒップホップDJ。
1990年初頭、ニューヨークへ単身渡米し、プロデューサーとして本場の名だたるアーティストと楽曲を制作を続けてきたレジェンドだ。例えば初期のアルバム作品の参加アーティストで言うと、アフリカ・バンバータ、ビズ・マーキー、レッドマン、グールー、エリック・サーモン、モス・デフ、デ・ラ・ソウルなどと共作している。
「h」のロゴのアパレル屋さんではないのだ。
dj hondaの楽曲の特徴は、聴けば一発でdj hondaのトラックだとわかるような、シンプルでダイナミックな音色にある。
Tight but Fatな「THE ヒップホップ」ドラムループに対して、センセーショナルな上モノのサンプルがブンブン鳴っているような感じで、ニューヨークのエンパイアステートビルがドカーーーン!!!と見えてくるようなドラマティックさ、かつ日本人ならではのいぶし銀な演歌的感覚がdj hondaのトラックから感じられる。
近年は改めて活動拠点を日本に移し、様々な日本人ラッパーとコラボレーションを始めている。
dj honda “Anatadake Mitsumeteru” NY, KAWAZOE Connection Mix 妄想解説要素
長くなったが、ここから件の「dj honda “Anatadake Mitsumeteru” NY, KAWAZOE Connection Mix」について話を進めていこうと思う。
タイトルに込められた意図
原曲「あなただけを見つめてる」に対して、今回のリミックスは「dj honda “Anatadake Mitsumeteru” NY, KAWAZOE Connection Mix」というタイトルになっている。本来、ヒップホップ的な慣習から言っても「あなただけ見つめてる(dj honda remix)」的な表記が一般的でわかりやすいはずである。
これには、国外へ向けた楽曲として制作した狙いがあると考えられる。
まず、タイトルが「dj honda」から始まるというところが一番のキモ。楽曲名よりも「dj honda」というプロデューサー名を強調する必要があるというのは、その名前の方にバリューがあるからということに他ならない。
キャリアを通してニューヨークで活動していたdj hondaの名前は、一部のヒップホップ好きや好事家を除いて、日本人にそこまで馴染みのないものである。
つまりdj hondaの本来の活動拠点であるニューヨーク、更に言えばアメリカの人々に対して、「これはdj hondaのプロデュース曲だぜ!」とアピることを目的としたタイトルと考えて間違いないだろう。そうであれば全て横文字で表記されたタイトルにも合点がいく。
あとタイトルにある「NY, KAWAZOE Connection」という部分。マジで誰!
有名な方かもしれないが、少なくとも私は存じ上げない。もちろん意図としては、KAWAZOEさんという方が大黒摩季とdj hondaを繋いだと考えるのが妥当な線だ。わざわざタイトルに「NY, KAWAZOE Connection」と表記するのはビッグリスペクトが込められている証拠なので、相当なOG(Original Gangsta)であることを察する。何かKAWAZOEさんに関することを知っている方がいたら教えていただきたい。
THE LOST DOPE
楽曲を再生して一番最初に聞こえるボーカルは、大黒摩季ではなく「Breakin' down like this!」とシャウトする男性の声である。
この男性は楽曲中に「イェッセッショー(Yes Yes Y'all)」とか「トゥダビッチョー(To the beat yo)」とったような、所謂ヒップホップ的な煽りフレーズを頻繁に入れてくるのである。
ラッパーという役割は元々、DJプレイを盛り上げる為のマイクパフォーマーとして存在していたことに端を発する。DJの横でこのようなフレーズを用いてお客さんを煽る。そのマイクパフォーマンス自体に焦点が当たって派生したものが現在のラップとなった。
この楽曲中まるでヒップホップのパーティにいるかのように繰り出される煽りフレーズだが、これが抜群のタイミングと発声で展開されていて実に耳ざわりがいい。
この声の主やいかに…と思っていると、楽曲の最後のシャウトで種明かしがある。この声の主は、監獄ラッパーことB.I.G JOEなのである。
B.I.G JOEについての説明は割愛するが、そのスキルと話題性に於いて主役級の日本人ラッパーが、クレジット表記すらされない形でサポートをしていることは、この楽曲の価値を底上げしているように感じる。
サンプリングでのトラックメイク
本楽曲でも、dj honda節が炸裂したトラックを余すことなく堪能することができる。原曲を知っている人であれば覚えがあるはずだが、楽曲の節々に聞こえるメインの旋律は、原曲のシンセサイザーのサウンドが引用されている。
つまりこの楽曲は、「あなただけを見つめてる」を元ネタとしてサンプリングし、再構築されているということだ。今さら言うまでもないが、これはヒップホップの音作りに於いて王道の手法である。
BPMの変更における弊害
また、こちらも強烈な違和感を覚えるはずだが、この楽曲は原曲と比べてテンポが非常にスローになっている。
原曲のBPM(Beats Per Minute = 一分間の拍数)が120であるのに対し、本楽曲はBPM100に変換されている。このBPM100前後というのもまた、ヒップホップの王道のテンポ帯なのだ。
少しだけテクニカルな話をする。
アナログではBPMを下げると楽曲のピッチも必然的に下がるが、デジタルで処理を施すことでピッチをキープしながらBPMを下げることが可能になる。本楽曲にもその手法が取り入れられている。(大黒摩季のアカペラは本来BPM120だが、同じ音程のままBPM100に変換されている)
例えばマグロのさくを刺し身の幅に切って、刺し身を斜めに倒して角度をつけ、少し断面が見えるように寝かせて皿に盛り付けて、幅を演出してボリューミーに見せるような処理をしている。(伝わるかな…)
これはちょっとした暴挙のようなことで、BPMを20も遅くしてしまうと、音源データは多少なりとも劣化してしまうのである。実際にこの楽曲でもその弊害は出ていて、大黒摩季の声が若干デジタルっぽい不自然さをまとったように聞こえてる箇所がままある。
大黒摩季の歌唱力のエグさ
原曲がユーロビート調の楽曲で音数が非常に多いことに対し、本楽曲は音数が少なくいい意味でスカスカになっている。メロの部分に関してはドラムしか鳴っていないパートもある。
そうすることで浮き彫りになるのは、大黒摩季の歌唱力のエグさである。
大黒摩季のボーカルを、よりアカペラに近い状態で聞けることで、彼女の歌に宿されている機微を確認することができる。
「願い事叶ったの 柔らかな冬の日」の最後には、実は「ん」という音が聞き取れる。「願い事叶ったの柔らかな冬の日〜ん」と。
「うつむき恥ずかしそうな Special Drivin' Date」は、「スペシャルドゥライビンデイ〜」ではなく「スペシャルドゥライビンデイ〜(トゥ)」と、最後の「(トゥ)」を聞き取ることができる。
これは原曲では聞き取れなかったことで、本楽曲では彼女のビブラートや抑揚の美しさ、ブレスのセクシーさが手にとるようにわかる。
完全妄想解説
以上の要素を以て、ここから私の妄想解説としたい。
原曲「あなただけを見つめてる」での夢見る夢なし女は、恋人に合わせるあまり自分らしさを見失ってゆく女性として描かれている。
視点を変えると、恋人を強制することで彼女らしさを失わせる男性に対して恋をする構図となっている。
ここで思うのは、そうまでして付き合う価値のある男なのか?という点である。彼女への見返りとして、その男はどんな価値を彼女に提供できているんだろう。
そんなことはそれは明かされぬまま、この曲がリリースされてから30年間、夢見る夢なし女は、鬼畜なまでの献身性を持った女性として嘲笑されてきたのである。
さて2023年現在、もしもその男がdj hondaだったとしたら?というのが私の妄想である。私がdj hondaを歌詞に出てくる「あなた」にトレースした理由は、彼のトラックそのものにある。
もしも大黒摩季側に寄せるとしたら、BPM120のまま、もしくはボーカルの劣化を認めづらいBPM110あたりまでのテンポでリミックスを作るべきだ。そこに対してdj hondaは、ボーカルがぶっ壊れそうになることに臆面もなく、自分のフィールドであるBPM100に強制しているのだ。
これは、夢見る夢なし女の献身性があるからこそ成立することである。「俺に尽くすお前だったら、そんぐらいやれんだろ」と。
お前が俺に合わせろと言わんばかりのdj hondaのトラックの上で、ぶっ壊れそうになりながら歌う夢見る夢なし女は、実に健気だ。
そしてdj hondaには、彼女自身に魅力を再認識をさせること、つまり彼女の自己肯定感を上げるという狙いがある。
dj hondaは、原曲のガチャガチャした音色の一切を削ぎ落とし、シンプルなトラックに乗せることで、彼女の歌声が持つ魅力や繊細さを顕在化させたのだ。
彼女の歌に宿る機微、表現の美しさ、セクシーさがdj hondaによって露呈する。ということであれば「あなたがそう 喜ぶから 化粧をまず止めたわ」という歌詞にも説得力が増す。
そのままで十分魅力的だから化粧なんてすんな、というdj hondaからのメッセージとも捉えられる。
そして最後に、dj hondaが夢見る夢なし女に見せているのは、dj hondaが知るニューヨークの景色だ。
dj honda謹製のドラマティックなトラックに乗った大黒摩季の歌声。そう、目を瞑ればそこはマンハッタンである。
その全てを犠牲にできる彼女の覚悟があってこそ、dj hondaは彼女をニューヨークに連れてくることができたのだ。「Partyには行きたい」と願う情報感度の高いヒップな彼女であれば、ニューヨークの生活も悪くは思わないだろう。
dj hondaは、「あなただけ見つめてる」の夢見る夢なし女を肯定し、再構築することで彼女をニューヨークに連れてきた。そして「dj honda “Anatadake Mitsumeteru” NY, KAWAZOE Connection Mix」とタイトルを改めることで、アメリカ中の奴らに「俺の女最高だろ?」というメッセージを伝えてるんだと思う。
そしてなにより、夢見る夢なし女に対してこうした夢を見せる事自体が、献身的な彼女に対してdj honda(=あなた)が提供している価値そのものである、と解釈してこのエントリーは結びにしたい。
余談(妄想)
ボーカルの劣化による弊害で、大黒摩季の声が若干デジタルっぽく聞こえると言ったが、ここにも伏線が張られている。
大黒摩季が活躍した90年代に「大黒摩季ロボット説」というのがあった。彼女のメディア露出が極端に少ないことや、彼女の歌唱力の高さを揶揄し、「大黒摩季って実はロボットで、実在してないんじゃないか?」という伝説があったのだ。
dj hondaは、BPMを落としてデジタル味を帯びた彼女の声をもってして「大黒摩季ロボット説」を30年越しに提唱している。(嘘つけ!)
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