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鈴木傾城「儲けのために日本の歴史を破壊するのか」(『維新と興亜』第14号、令和4年8月28日発売)

樹齢百年を超える樹木九七一本が伐採される


 昭和五十年代、民族派最強の論客であった野村秋介氏は著書『友よ山河を亡ぼすなかれ』の中で、このような言葉を残している。
 「わが内なる天皇は、わが内なる山紫水明なる山河と一体であり、緑豊かなる日本の一木一草は、そのままにしてわが日本の神々であらねばならぬ」
 これは、すべての愛国者が改めて復唱しなければならない言葉でもある。この言葉を深く咀嚼すると、指し示しているものはまさに神道における八百万の神であるというのが分かる。そして一木一草が神々であるという想いは、真っ当な日本民族であれば誰もが幼少の頃より馴染んでいる感覚で違和感がない。
 しかしながら今、八百万の神々に背く事態が起きようとしている。令和四年三月十日に小池百合子都知事の最終決定を受けて告示された明治神宮外苑の大規模な再開発である。
 明治神宮外苑は四季折々の自然を楽しむことができる東京のオアシスであるとともに、東京都が誇る歴史的記念碑でもある。歴史は古い。明治天皇が崩御されたのは明治四十五年であるが、日本国民のあいだからは明治天皇と昭憲皇太后を記念する施設を作るべきだという声が方々から上がった。そして多くの寄付がなされ、その結果として国費で内苑が作られ、日本国民の寄付で外苑が作られることになった。
 外苑の造営にあたっては全国各地から多くの青年奉仕団が自発的に集まって勤労に勤しみ、植栽された樹木もまた多くの国民から献木された。外苑の竣工を見たのが大正十五年だが、以後この地域は日本初の風致地区に指定され、百年近く国民の憩いの場所として守られてきた。まさに日本を代表する文化的景観である。その景観の美しさは海外でもよく知られており、開かれた庭園として世界的にも親しまれてきたのだった。
 特にイチョウ並木は世界的にも有名で、東京で最も美しい街路樹として名を轟かす。ユネスコの諮問機関の国内組織「日本イコモス国内委員会」もまたこれを「国際社会に誇る公共性・公益性の高い文化的資産」「近代日本を代表する珠玉の名作」と呼んでいる。
 ところが、平成二十五年頃より再開発の計画が浮上し、平成三十年には宗教法人明治神宮、日本スポーツ振興センター(JSC)、伊藤忠商事、三井不動産が、再開発事業者として策定され、計画が一気に進んでいくことになった。
 これら四者は老朽化を理由に神宮球場・第二球場と秩父宮ラグビー場をスクラップ&ビルドし、屋根付き全天候型ラグビー場、ホテル併設の新野球場を作り、さらにはオフィスビルや商業施設が入る複合ビルを建設すると発表したのだった。この計画の過程で分かったのは、樹齢百年を超える樹木を含む九七一本が伐採されてしまうという事実であった。ちなみに存置は三四〇本、移植は七〇本である。この移植の七〇本の場所は決まっておらず、しかも移植に成功するかどうかも確約されていない。
 明治神宮外苑の樹木は、先人が明治天皇と昭憲皇太后を記念すべく寄付と献木によって造営されたものである。これが再開発によって一気に破壊されてしまう。しかもこの再開発計画は令和三年の暮れに行政による申し訳程度の住民説明会と、わずか二週間のみの縦覧の後に、市民不在の中で令和四年東京都都市計画審議会で賛成多数で採決され、三月十日には小池都知事の最終決定を受けて告示された。
 この告示で驚いたのが市民側である。広く知らしめられないまま明治神宮外苑の再開発計画が不透明なプロセスが進行し、明治神宮外苑の要である樹木九七一本が一気に伐採されてしまう。しかも、こうした事実は開発側からは提出されなかった。

出来レースの疑いも


 市民が少なからず衝撃を受けたのは、この再開発に宗教法人明治神宮も絡んでいたことである。本来であれば明治神宮が先頭に立って外苑の歴史と自然を守護すべきであったが、自然破壊を懸念される都市計画提案に宗教法人明治神宮が開発側に立っている。なぜ、こんなことになっているのか。
 それは、三井不動産という企業の中で二十四年にも渡って権力者として君臨している岩沙弘道氏(三井不動産株式会社代表取締役会長)が、実は明治神宮総代を務めて影響力を行使していることに理由があるのではないか。
 また、SDGs(持続可能な開発目標)を標榜して『緑化の推進は、自然の回復の基本であり、美しい景観を形成し、うるおいとやすらぎのある快適なまちづくりに重要な役割を果たす』という緑化計画を進めている東京都も、あっさり自然破壊が懸念される再開発事業を承諾しているのだが、これも平成三十年に東京都知事小池百合子が、明治神宮総代に就任していたことに理由があるのではないか。
 再開発を計画した人間と承諾する人間が宗教法人明治神宮の内部にいて、最初から出来レースで動いているのではないかという懸念が見て取れる。
 こうした事態を受けて市民側にも反対運動が一気に噴出し、大学生の楠本夏花氏が主導する反対デモや、アメリカ人事業家ロッシェル・カップ氏が主導するウェブを介した署名運動が燎原の火のように広がっていくようになった。この計画には東京都・再開発業者・地権者というステークホルダーが関わっているが、唯一疎外されているのが市民という重要なステークホルダーだったのである。
 この明治神宮外苑の再開発計画は、あらゆる側面から見て問題だ。樹齢百年以上の樹木が約千本も伐採されてしまうというのも衝撃的なことなのだが、国民の憩いの場にもかかわらず国民が再開発の話し合いの中から弾かれて勝手に計画が進んでしまっていることに疑問を抱かずにはおられない。
 そしてこの再開発計画は、百年単位で明治神宮外苑の杜を作ってきた先人の思いを完全に破壊してしまうことも看過できない。言うならば、この再開発は日本の歴史の破壊であり、文化の破壊でもある。根底にあるのは経済至上主義であり、儲けのためには日本の歴史や伝統・文化は破壊されても構わないという傲慢な姿勢が垣間見えるのである。
 歴史の重みや厚みを軽視し、景観を破壊し、高層ビルを建ててホテルにして、歴史的文化的価値が高い空間を「ただのインバウンド目当ての商業エリア」にしてしまうのは、果たして正しいことなのか。
 本来、この地区は風致地区に指定されており、高さ十五メートルを超える建造物は建てられないなどの規制があった。しかし東京都は前もって外苑に隣接する国立競技場を建て替えるために規制緩和を行っていた。それを都民ならびに国民を無視して進めるのだから、まさに言語道断の所業であると言える。
 もう一度、民族派最強の論客であった野村秋介氏の言葉に戻りたい。「わが内なる天皇は、わが内なる山紫水明なる山河と一体であり、緑豊かなる日本の一木一草は、そのままにしてわが日本の神々であらねばならぬ」という言葉である。
 明治神宮外苑は明治天皇と昭憲皇太后の記念のために日本国民の寄付と献木によって造営され、樹齢百年を超える樹木がそれぞれ景観を構成しているのだが、それによって明治神宮外苑の一木一草は皇室にもかかわる特別な存在になったとも言える。それを商業施設のために破壊するというのは、歴史の冒涜であると気づかなければならないのだ。一木一草は八百万の神々であり、殊に明治神宮外苑はそうした精神が宿っている歴史的記念碑であり、それは破壊すべきものではなく保全すべきものである。
 ゆえに明治神宮外苑の再開発は、今の形で進めるのであれば許されないことであり、廃止されなければならない。それぞれの施設の老朽化が問題であるならば、景観を破壊しないリノベーションでなければならないはずだ。そして、この問題は日本の歴史と伝統を慈しむ愛国者が一番強く声を上げなければならないのである。


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