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プロローグ

僕が旅に出る理由は


2011年5月

ゴールデンウィークが終わった。
その日の朝も布団から出られず、どうしても大学へ足が向かなかった俺はけいくんを遊びに誘い、車で迎えに来てもらって、心の安寧を求めて北山あたりをドライブしていた。

五月病の精神状態とは裏腹に快晴の北山通りは、青々とした街路樹が風になびき、5月らしい爽やかな空気を車内に運んでくれる。

「気持ちいいなー」なんてけいくんと2人で話していると、車に繋げたiPodがくるりハイウェイを流してくれた。

僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって
ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
みっつめは車の免許とってもいいかな
なんて思っていること

この1番のAメロを聴き終わったあたりで、俺の気持ちはもう固まってしまったんだと思う。

数日後、いろんな人に説得されながらも退学の手続きを済ませた。

大学の窓口で渡された退学証明書にはハッキリと「2011年度 第2号」と書いてあってびっくりしたけど、少し嬉しくもあった。



2015年8月30日

旅に出る少し前に、地元のライブハウスで自分自身の送別ライブを企画した。

この日はBEETHOVEN FRIEZEだけでなく、兄貴とのバンドでくるりやthe pillowsのカバーをしたり、LENNON BARのお客さんとThe Beatlesをやったりと、お世話になった人たちとも一緒になって、盛大に?送り出してもらった。

ライブが終わり、一度荷物を置こうかと清々しい気持ちで家に向かっていると、近所の居酒屋で先に打ち上げしていた兄貴から電話。

「今、隣の席にくるりの岸田さんがいるねん!

「嘘やろ!?」

なんたる奇跡!これは夢か幻か?

さっき兄貴と一緒にハイウェイやロックンロールをやったところだというのに、まさかご本人に会えるとは!

俺もよく行く、カウンター十数席だけのその居酒屋へ足早に向かい、暖簾をくぐると、本当にカウンターにくるりの岸田さんが座っていた。

店主に軽く挨拶し、俺は失礼を承知で岸田さんに話しかけた。



「すみません、岸田さん、ですよね…?」

「…うん。」

「お邪魔してすみません。あの、僕、ハイウェイを聴いて大学辞めました!」

「えぇ。それは、なんか…ごめんな。」

「それで、今から世界一周に行ってくるんです。今日その送別ライブをやってて…」

「へえ〜。ええやん。南米とか行くん?え、行かへんの?ええやん、南米。まあ、気ぃつけて。楽しんで。」


岸田さんはとても優しく、ひとしきり話した後、俺と兄貴と写真を撮ってくれた。


帰り道、俺はハイウェイを口ずさみながら家まで歩いた。

飛び出せジョニー気にしないで
身ぐるみ全部剥がされちゃいな
やさしさも甘いキスもあとから全部ついてくる
全部後回しにしちゃいな勇気なんていらないぜ
僕には旅に出る理由なんて何ひとつない
手を離してみようぜ
つめたい花がこぼれ落ちそうさ

その夜だけは、まるでジョニーになった気分だった。

きっとこの旅はうまくいく、そんな風に思った。


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