見出し画像

「ルガーノのフルトヴェングラー」復刻顛末記

 このところ多事多端で音楽を聴く時間もその意欲もない索漠たる日々が続いていたが、それもようやく一段落し、私のささやかな趣味であるアナログレコード(LP盤やSP盤)の復刻をこのところいくつか手掛けている。

 今回ご紹介するのは日本Cetra SLF 5017/8「ルガーノのフルトヴェングラー」という音盤。1954年5月15日にフルトヴェングラーとベルリン・フィルがスイスのルガーノで行ったコンサート全曲を収めたもの。収録曲はリヒャルト・シュトラウスの《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯》、モーツァルトのピアノ協奏曲第20番K.466、ベートーヴェンの交響曲第6番《田園》。このレコードを入手したのはこの日の《ティル》の演奏をまともな音で聴ける音盤がほかになかったためで、他の2曲は既に様々な盤で所持していたし特に期待もしていなかった。かなり以前に音録りだけして、多忙にまぎれて放置していたのだが、録った音をあらためてリマスタリングしてみたところ、驚くほど良い音に仕上がったので我ながら驚いた。

 《ティル》が良いのは当初から分かっていたが、モーツァルトのK.466が素晴らしいのにびっくり。これまで最良音質と思っていた仏フルトヴェングラー協会盤LPや東芝EMIのLPよりも、響きの自然さ、実在感、密度、鮮度が明らかによい。

 そもそもフルトヴェングラーのモーツァルトはいたって評判が悪いが、このK.466は例外的な超名演とされている。私は感性がおかしいのかフルトヴェングラーのモーツァルトは大好きだし、ピアノ独奏のフランスの女傑イヴォンヌ・ルフェビュールも大・大ファンなのだが、<世紀の名演>とされるこのルガーノでのK.466のライブは、どういうわけか何度きいてもあまりぴんと来なかった。このCetra盤ではじめて、この演奏をきいて心が震えるほどの感銘を受けることができた。

 《田園》も素晴らしい。この演奏については以前に別のところで書いたから繰り返さないが、何度きいてもフルトヴェングラーが最晩年に至った境地が<もののあはれ>となってひしひしと胸に沁みてくる。ルガーノの《田園》はCDでもいくつかリリースされているが、デッドなホールトーンを補うための「お化粧」により、この演奏本来の味わい、趣が歪められてしまっている。<素のまま>の音に勝るものなし。もののあはれ知らぬ人々のいらざるお節介は無用である。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?