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東芝ヴィンテージ盤で聴く《バイロイトの第九》
このところYouTubeのマイチャンネルで昭和三十年代初頭の東芝製ヴィンテージ盤から復刻したフルトヴェングラーの録音を続けて紹介してきたのだが、シリーズ掉尾を飾る一枚として《バイロイトの第九》を選んだ。使用した盤は日本初版、昭和三十二(1956)年2月に発売された東京芝浦電気製HA 1012/3金レーベル、中でも非常に希少なディープグルーヴ(深溝入り)フラット重量盤である。
実は三年前の暮れにも同じ板から採取した音声を公開し、それについて一文を草した(参照記事:《本物》の「バイロイトの第九」)のだが、その際はDSオーディオの光カートリッジで再生・収録した音声だった。今回はエルプ社のレーザーターンテーブル「LTマスター」で採取したものである。音盤に刻まれた溝を余すところなくピックアップするレーザーターンテーブルの再生能力は他の追随を許さないものがあるが、何せ六十年代以降のステレオ盤を想定した設計であるため、モノラルの初期盤を再生・収録する上では解決しなくてはならない課題が多く、いろいろ試行錯誤を重ねた挙句の“最終回答”が今回公開した音声である。
その成果のほどが如何なるものか、お聴きになる皆様の感想に委ねることにするが、私自身はもうこれ以上は望まない――というくらい満足している。これまでに英盤、仏盤、豪州盤など様々な《バイロイトの第九》の初期盤から音声の採取を試みてきたが、今回は1951年の《演奏現場》にレコードを通じて最も近づけたように思うからである。目を閉じて聴いていると(バチバチとうるさいサーフェスノイズはあるにせよ)レコードであることを忘れてしまうくらいにその《場》の新鮮な空気に触れているという感覚があり、指揮者や歌手、奏者、聴衆らの息遣いまで感じられる気がする。
蛇足ながらこの東芝最初期フラット盤は同じレコード番号のリリースの中でも別格に出来が良く、同じメタル原盤で製作されているはずの英オリジナル盤より「エッジが効いていて鮮明に聴こえ会場の雰囲気がハッキリと感じ取れる」と音盤通が評価するほどの名品である。値打ちを知っているショップで相場は大体3万円。軽視されやすい日本盤なのでよく探せば安価で売りに出ている場合もあるだろうから見つけたら即入手されることをお薦めしたい。このフラット盤の目印はレーベル面の「深溝」で、同じ金レーベルでもフラット盤ではない個体の方が数多く売りに出ているのでご注意あれ。再生はいわゆるLP(Columbia)カーヴが望ましい。五十年代初頭の英HMV製作盤はNABカーヴが定番だが、「バイロイトの第九」に関してはLPカーヴの方がぴったりとピントの合った音になる。RIAA再生では本来の音響特性が狂ってしまい逆にこの録音の真価を見誤ることになりかねないので、RIAAでしか再生できない装置をお持ちの場合はむしろ状態の良い六十年代以降の再発盤でお聴きになった方が宜しかろうと思う。