「みんな違って、みんな良い」の難しさと温かさ
「みんな違って、みんな良い」
と言うのは簡単だけれど、いざ、その考えに基づいて実践することは難しい。
例えば精神疾患を持つ人たちに対して、そう言えるかと問われたら考えてしまいます。
あくまで僕の場合ですが。
ドキュメンタリー映画「アダマン号に乗って」を拝見しながら、改めて再考しました。
今年、ベルリン国際映画祭にて、最高賞にあたる金熊賞を受賞した作品です。
パリはセーヌ川に浮かぶ、おしゃれな木造建築の船が作品の舞台。
ここはデイケアセンターになっていて、
精神疾患のある人々を無料で迎え入れ、
即興コンサートやワークショップなど創造的な活動を通じて社会とつながりが持てるようサポートしています。
ドキュメンタリー作品には監督の主観的な視点が入りがちですが、この映画には、それが感じられません。
日常をそのまま切り取り、ナレーションもない。
だからこそ、観客として様々な視点から考えさせられました。
日本の精神科医療でニュース特集を拝見した際、扱いの難しさを感じたことがあります。
「均一化」しない、「非人道的」にならないことは当たり前のことなのでしょう。
しかし、もし、自分が医療現場に関わり、現場にいたら果たして、できるかどうか想像した憶えがあります。
映画の中で精神科医もスタッフも話をていねいに聞き、違いを認め、そして、それを相手にも納得してもらう、その微妙な距離感とタイミングにうなりました。
僕は精神疾患患者に対し、どこかで恐怖感を持っていることは否定できません。
しかし、そんな僕の脳に少なからず変化をおこしてくれた作品でした。