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「Spirit on the Pitch 」(リーグ第10節・サンフレッチェ広島戦:2-2)
「日本代表としての誇り、魂みたいなものは向こうに置いてきた」
あまりに有名な三浦知良の言葉である。
1998年、日本代表が初出場したフランスワールドカップのメンバー選考で大会直前に落選。帰国後、テレビでも中継されていた記者会見に臨んだカズは、当時31歳だった。
幼い頃からずっと夢見てきた舞台の扉が、目の前で閉ざされる。
にもかかわらず、毅然とした態度でこの言葉を紡いでいたことを思うと、今でも胸が熱くなる。あの場で後悔や恨み言を言わない姿勢は、まさにプロフェッショナルだった。
エディオンピースウイング広島でのサンフレッチェ広島戦。
4試合連続無得点と苦しんでいた川崎フロンターレにゴールをもたらしたのは、鋭い目つきで後半からピッチに入った小林悠だった。
「一番長くやっている自分がここで奮起しないと、誰がやるんだ。その気持ちで後半は入りました」
起死回生の同点弾は65分に生まれている。脇坂泰斗がファーサイドを狙ったボールは頭上を超えていったものの、目の前にこぼれてきたボールを見逃さなかった。相手よりも早く反応し、サイドネットに突き刺したのだ。
「あそこに溢れてくるのは、気持ちが強いから。最後までどこかにこぼれてくるという準備があるから、たくさんゴールを決めてきたのだと思ってます」
試合後、本人は自身のゴールをそう説明している。
なぜあそこにこぼれてきたのかは、きっと合理的に説明できるものではないのだろう。だからこそ、気持ちで呼び込んだボールだったと彼は信じている。でも、ストライカーという生き物は、その気概が大事なのだ。偶然すらも引き寄せたと思い込んでナンボである。
後ろに陣取っていたゴール裏のフロンターレサポーターが一斉に揺れていた。あれだけ沸いたのは、5試合ぶりに生まれた得点だから、というだけではないだろう。
小林悠のゴールは、いつだって魂がこもっている。だから、見ているこちらに何かを語りかけてくるような力があるのだ。その熱狂を生んだストライカーは、カズダンスを披露することもなく、鬼気迫る表情で味方の祝福に応えながら、すぐにセンターサークルに向かっていた。
まだ同点だ。絶対に逆転するぞ。
チームを勝たせ続けてきたストライカーからの、味方に対するそんな強烈な意思表示だった。ゴールで自分を奮い立たせながら、彼はそうやってフロンターレの魂をゲームに注入し続けてきたのである。
この得点で小林はJ1通算140点目に達している。キング・カズと並んでいたJ1通算得点数を抜いて、単独で歴代7位となった。
ところが、小林はその数分後にピッチを去ることになっている。マルシーニョが抜け出して1対1を決めきれなかった場面で、ゴール前に並走した際に筋肉系のトラブルが起きたようだった。その場で足を気にし始め、再開してもプレーに戻れず、その場に座り込んでいる。
途中出場でゴールを決めて、途中交代を余儀なくされる。今年初ゴールを奪い、ようやく動き始めた小林の時間が再び止まることになる。悔しさが込み上げているのか、ピッチでは顔を覆っていた。チームメートだけではなく相手選手からも声をかけられて、ベンチに下がっていった。
ただ、その思いを受け継いでくれるストライカーがいた。
山田新だ。
「憧れの選手」に小林悠の名前を挙げているプロ2年目の生え抜きストライカーは、その勝負強さはもちろんのこと、点取り屋に欠かせない「相手を外す動き」も小林から日々の練習から盗んでいる。
「絶対にゴールを取ると思って入りました」
試合後の山田は、そう明かしている。
交代で入った直後の出来事。佐々木翔との競り合いに勝った家長昭博からのパスに反応し、桐蔭横浜大学の同期である中野就斗の股間を抜くシュートで鮮やかにゴールネットを揺らしてみせた。まさかのファーストタッチゴール。ゴール裏が爆発し、味方も一斉に飛びついてきた。
「相手のミスもありましたが、うまくアキさんが競ってくれて。中野選手が自分に寄せてきてるのは分かったので、股が空くなと思ってうまく流し込めました」
無念の負傷で小林がピッチを去った後、代わりに入った山田がファーストタッチで逆転ゴールを決める・・・・思わず記者席から身を乗り出していた。小林が置いてきたフロンターレの魂を山田が引き継いで決めてくれたような感覚に襲われたからだ。
このまま勝っていれば最高の展開だったのだが、今季無敗を続けるサンフレッチェ広島は、この新スタジアムで簡単に屈するチームではなかった。
直後に追いつくという、執念を見せる。「勝てると思いましたし、もう一回締めないといけないと思いながら、すぐに失点してしまった」と山田は悔やんだ。そこからはオープンでスリリングな展開になったが、最終的には勝ち点1を分け合う2-2のドローでタイムアップとなった。
終了と同時に、両チームの選手たちがその場に座り込んでいた。死力を尽くした結末に、満員のスタジアムからは程なくして大きな拍手が起きている。見ている人に何かが伝わるゲームだった。
それにしても、あまりにたくさんのことが起きた試合だったと思う。じっくりと振り返っていこうと思う。どうかじっくりと読んでほしい・笑。
※5月1日、浦和レッズ戦に向けたオンライン囲み取材がありました。対応した選手は山田新と上福元直人。浦和戦に向けた話だけではなく、広島戦の振り返りもあったので、レビューに追記しておきます。
→■(追記:5月1日):「試合を(ベンチから)見ていると、気持ちは勝手に上がるので、逆に興奮しすぎないようにはしています。そこがうまく途中から結果につながっているのかなと思います」(山田新)。途中出場でのファーストタッチゴールが続くスナイパー・山田新。最初に巡ってきたチャンスを仕留めるために必要なものとは?
→■(追記その2:5月1日):「自分だけの準備ではなく、トレーニングを構成してくれるゴールキーパーコーチの試合をイメージしたリアリティのあるトレーニングという部分から、自分がどうできるかという準備の部分がうまく繋がったのかな、というシーンも多かった」(上福元直人)。あらためて振り返る広島戦の神セーブの数々。彼が語った「悪くはなかったのかな」という言葉にあるもの。
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