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ウクライナの御守り

 いまから15年くらい前のこと。当時はほぼ毎週のように仲間とフットサルを楽しんでいた。コートを走り回り、汗みどろでボールを追いかけることが楽しみで、それは日頃のストレスの発散の場ともなった。チームの代表として、粗暴な対戦相手に手を焼いたり、チーム内のいざこざに悩まされることも少なくなかったけれども、ボールを蹴る楽しみとその後の疲労感はなにより心地よかった。

 ボールを追いかけ回し、息がきれるとすぐ自販機の前に走り、長めの休憩に入るのがいつもの自分のルーティンだ。その日もいつものように息をきらしながら自販機の前で水分補給していた。
 と、そこに見覚えのない男が立っていた。細身で背の高いその男はこちらを見下ろしながら、ぎこちない日本語で話しかけてくる。ごくたまにだが、どこのチームにも入っていない人が自分が入るべきチームを探しに来ていたり、または新しい対戦相手探しのために見物に来るチーム代表がいたりすることがある。彼も最初はそういう人なのかと思った。

 聞くと、彼はウクライナから来た留学生だという。日本で勉強しながら、空いた時間で自分の国の郷土品を売り歩いているのだそうだ。
「小遣い稼ぎでもあるけれども、自分の国のことを知ってもらいたい気持ちもある」
不思議と彼を胡散臭い奴とは思わなかった。彼の言葉は、自分が聞くかぎり、嘘偽りのない本心と思った。彼の話し方からは、実直で、優しい男という印象をもった。

 彼は背負っているリュックからいくつかの郷土品を出して見せてくれた。まったく未知の国から来た人の、それまで見たことも聞いたこともない郷土品が、彼の大きな手のひらにちょこんと載せられた。そのなかに、カラフルに色付けされた小さな卵のようなものがあった。なんでもウクライナの御守りだという。ひとつひとつがいろいろな色に塗られていて、そこに描かれた模様も多様だ。こんなにカラフルで可愛らしい御守りがあるのかと驚いた。祖国を思う彼の紳士的な態度に好感をもった自分はそのなかからひとつ買わせてもらった。

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 そのとき、彼とはシェフチェンコの話しをした。サッカーに馴染みのない人のために説明すると、シェフチェンコはサッカー界のスーパースターで、ウクライナの英雄でもある人物だ。それはフットサルのコートで話すには格好の話題だった。シェフチェンコのことをはにかみながらも誇らしげに話す彼の姿はことさら印象的だった。
 ただ、彼とそれ以外の話しをする時間はなかった。なにしろ自分はつかの間の飲水休憩で、すぐコートに戻らなければならなかったからだ。ウクライナがどんなところなのかろくに聞く時間などなかった。

 別れる間際に、彼に聞いてみた。
「興味があったら一回うちのチームの練習に来てみない?」
彼はにっこり微笑みながら丁寧に断った。嫌味のない、爽やかな断り方だった。

 彼の名前は忘れてしまった。いまはもう40歳前後になるだろうか。彼はいまも日本に暮らしているのだろうか? それとも故郷に帰っただろうか?

 その後、彼から買った御守りはプィーサンカというウクライナの伝統的な工芸品であることがわかった。これには魔除けの意味もあるそうだ。そのプィーサンカはそのとき以来、ずっとリュックのポケットに入っている。あれから海外も含め、そのリュックを背負っていろいろな場所に旅行したが、大きな災難には一度も遭わないでいる。

 いま、ウクライナは大変な状況に追いこまれている。メディアが発するニュースやSNSから伝わってくる情報を目にして思うのは、あのときの彼はいまどうしているのかということ。

 彼はもちろん、ウクライナの人たちがプィーサンカによって護られることを心から祈っている。Peace for Ukraine.

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石井達也
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