ストラングラーズの名曲「Nice 'N' Sleazy」にまつわる話し
彼らの曲のなかでもとりわけ人気が高く、ライヴの定番のひとつともなっている「Nice 'N' Sleazy」。ヘヴィで怪しげな気配をもつ魅力的な曲だが、そこにまつわる奇妙なつながりを知ってしまうと、この曲がもつダークな部分がより身近に感じられ、身をすくめてしまう。彼らの3枚目のアルバム『Black And White』はA面B面という区分けでなく、ブラックサイドホワイトサイドとして分けられていて、「Nice 'N' Sleazy」はそのホワイトサイドに配置されている。ホワイトサイド? この曲が?
たしかにブラックサイドに並んだ暗黒を感じさせる曲と比べると、この曲の闇は漆黒ではない。曲調も、歌詞も、ブラックサイドの「In The Shadows」の不気味な暗さには及ばない。しかしながら「Outside Tokyo」でさえホワイトサイドにあるのだから、この曲はやはりホワイトサイドに置くべきなのだろう。
それはともかく、この曲自体はレゲエのテイストにポップなムードも顔をのぞかせ、ヘヴィではあるが非常にキャッチーな作品でもある。この曲のアイディアはヒューだ。彼はフランク・シナトラの「Nice 'N' Easy」を下敷きにこの曲を書いたという。タイトルは悪意をもって改変、歌詞もリフレインの部分をまったく同じにするという、挑戦的な、いや挑発的なといった方がいいだろう、そんな態度で彼はこの曲に取り組んだ。シナトラが軽いタッチで恋愛をうたっているのに対し、ヒューはその対象は不明瞭ではあるが、その相手に向かってシニカルに、蔑むようにうたっている。
そしてこのシングル盤のジャケット写真がまた常軌を逸したものだった。彼らは自分たちのバンド名をボストン絞殺魔事件(Tha Boston Strangler)にかけて、その事件の被害に遭った女性の写真をジャケットに使うのだ。シナトラの「Nice 'N' Easy」のアルバムジャケットは、彼が椅子に深くもたれかかりこちらに笑顔を向けている写真だが、「Nice 'N' Sleazy」のシングルジャケットは横たわる被害女性の写真。シャレにしてはどぎつく、やり過ぎも甚だしく感じられる。
(この記事にあげた写真は日本盤のシングルジャケット。メンバー全員の目がかなり危ない。オリジナルのシングルジャケットは自分の判断でここにはあげません)
この曲が発表されると、当然ながらシナトラ側から抗議の連絡がきたという。相手はあのシナトラだ。どんな内容の連絡がきたのかはわからないが、かなりの圧がかけられたことは想像に難くない。しかし、ヒューはそれを無視。とんでもない事態になるかと思われるが、意外にもシナトラ側は以降、なにも言ってこなくなったそうだ。ヒュー自身も、"なにか言ってくると思ったが意外にもなにも言ってこなくなって逆に驚いた"というような発言を残している。
ここで話しは少々脱線する。
シナトラの曲に「Strangers In The Night」という名スタンダードがある。1966年に発表されたその名曲は数多くのシンガーにカヴァーされ、シナトラの曲のなかでも最も有名なもののひとつとなった。
その翌年、そんな名曲をシンプルなバンド演奏にリアレンジしたカヴァー(替え歌?)がリリースされた。それが「Strangler In The Night」なる曲である。The Bugs(バグス)なるガレージバンドの演奏をバックに、ボストン・ストラングラーの犯人とされたアルバート・デサルボの証言を、デサルボから証言を引き出した記者ディック・レヴィタンが朗読するというものだ。
これはさすがにシナトラ側も黙ってはいなかった。シナトラの代表曲のひとつであるこの曲がこんなふうに扱われることは大きな問題となることは必至、シナトラ本人の怒りも買うのも当たり前と思われるが、結果的に両者は和解する。額は不明だが金銭のやり取りで解決したというのだ。どれだけの金が動いたのか、そもそもバグスにもレヴィタンにもそれほどの財産があったのか、あのシナトラに渡せる金がどれだけあったのか、そもそも金で解決できるような話しだったのかなど、疑問は多い。なんとも不可思議なことだが、結果としてバグスのシングル・リリースをシナトラ側は認めるのである。
と、そんな経緯があってのストラングラーズの「Nice 'N' Sleazy」だ。曲はまったくの別物、歌詞の一部をそのまま使っている(といっても特段問題視されるようなことをうたっているわけでもない)ストラングラーズに対して、曲をそのままコピーし、殺人者の証言を歌詞にしているバグス。バグスに比べればストラングラーズの曲の衝撃の度合いはそれほど大きくない。シナトラ側が文句をつけつつもすぐに手を引いたのはそんな背景もあったからではないだろうか。
「Nice 'N' Sleazy」をつくったとき、ヒューがバグスの曲を知っていたのかはわからない。この曲は、最初になんらかのテーマがあって書かれたものではないとのことだが、アイディアの基がシナトラであることはたしかで、それを彼ららしい音楽に発展させたのはなんともヒューらしい企てだ。そしてその企てをそのジャケット写真でスキャンダラスに仕立てるユーモア(といってもこれを単なるユーモアととらえることができるかどうかは別の話しではあるが)で型破りな存在感をしめした彼らの特異性は際立っている。ストラングラーズ、シナトラ、ボストン・ストラングラーが奇妙に絡み合うつながりを知ると、ヒューの狂気に身震いしながらもそこから生まれる音楽に引き込まれてしまう。
ちなみにお馴染みのカヴァー曲、「Walk On By」が公式リリースされたのも「Nice 'N' Sleazy」と同時期。シナトラ、バカラック、ワーウィックと、彼らが最も激しいパンクを体現していた時期に、アメリカのスタンダードとなっている音楽が彼らに与えた影響をうかがい知ることができるのもおもしろい。アメリカそのものには嫌悪がある彼らも、そこで生まれた音楽からは多大な影響、恩恵を受けていたのは興味深いところである。
それから14年後、ヒューが脱退したあとに、今度は彼らが『Stranglers In The Night』というタイトルのアルバムを発表する。このタイトルもシナトラの名曲にかけたシャレだが、このアルバムにシナトラを挑発するような曲はなく、社会に問題視されるようなスキャンダラスなものも見当たらない。シナトラを茶化す程度に過ぎないこのタイトルは空虚で、かつての毒気はない。彼らの衰退はこのアルバムからしばらく続くことになるが、そんな意味において、このタイトルはその後の彼らを象徴するものとなってしまっている。