デュラン・デュランの「The Reflex」との闘い 〜前編〜
1984年、デュラン・デュランの「The Reflex」は爆発的に売れた。イギリスではすでに人気バンドだった彼らだが、この曲はアメリカでも火がつき、英米ともにチャートの1位になった。その勢いは当然日本にもやってきた。この曲はテレビやラジオでかかりまくり、洋楽ファン以外の注目も集めるようになっていった。まさに猫も杓子もこの曲に夢中になった。
しかし、自分はこの曲がどうにも好きになれなかった。デュラン・デュランを毛嫌いしていたわけではなかったが、そもそもアイドル・バンドの曲を”軟派”なものとしてハナから軽蔑していたし、この曲自体どこがいいのかさっぱりわからなかったのだ。ガチャガチャしたアレンジで、展開も忙しない。声のでかいおばちゃんの井戸端会議のようにも聞こえるこの曲。短いイントロ以外は常にやかましいのだ。
歌の部分は特に気になった。”わ〜あ〜あ〜あ〜あ、どんちゅゆうぅぜ”からのパート、あれはいったいなんだ? そのあとに”ちゃあ〜あ〜あ”、”ばぁ〜あ〜あ〜あ”? ぶっ壊れちゃったのか、サイモン・ル・ボン? 突拍子もない歌い方で連呼される”あ〜あ〜あ〜あ”。スタイリッシュだったり可愛かったりするのが定石のアイドル・バンドの歌にしてはひどくカッコ悪い。”こんな曲が1位とっちゃうの?!”と信じられない思いの自分は当時、テレビやラジオから頻繁に流れてくるこの曲を苦々しく聞いていた。
当時の洋楽は、シングル曲を長めにアレンジした12インチシングルも流行っていて、いろいろなリミックス・ヴァージョンがリリースされていた。当然、大ヒットしたこの曲のダンス・リミックスも発売されたが、これが自分をさらに苦しませた。このヴァージョンは単純に数分長くなっただけのものではなかった。
そのダンス・リミックスでは、この曲で最も気になる部分、”わ〜あ〜あ〜あ〜あ”がリアレンジされ、”わいやいやいやいや”になり、さらに曲が進んでいくと”わいやいやいやいや、わっ、わっ、わいやい”へと進化した。気になっていた部分がどんどん壊され、より大袈裟に構築されていくロング・ヴァージョンは狂気の沙汰、狂乱としか思えなかった。
”わいやいやいやいや”は自分に恐怖を植え付けた。どこからかこの曲が聞こえてくると、自分の頭の中では即座にこの”わいやいやいやいや”がエンドレスに流れ、自分を支配する。自分にとってサイモン・ル・ボンの歌は「Planet Earth」であり、「Hungry Like The Wolf」であり、「Rio」だった。キャッチーでポップで簡潔。そのイメージが一気に吹き飛ばされ、唖然としているうちに、のたうち回るこの曲は英米ともにチャートのトップに君臨する。まさに驚天動地である。
当時、自分はこの曲を”史上最強の変態曲”として蔑んだ。どこがいいのか、なにがいいのか、まったくわからない曲。いったん聞いてしまうと頭の中は一日中”わいやいやいやいや”が鳴り響き、身悶えする世界に閉じ込められる。まるで呪文であり、拷問である。テレビやラジオでかかるとすぐさまチャンネルを替える、街で耳にすると足早にその場から立ち去る、そんな日々が続いた。
とにかく逃げ回っていた「The Reflex」。しかし、大嫌いなこの曲はあるときから自分を執拗に追いかけ、そして追い詰めるように近づいてきた……。
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自分の家の隣家には、自分より少し年上のお兄ちゃんが住んでいた。お兄ちゃんも自分も、ともにそれぞれ二階に部屋があったが、その間は3メートルほどしか離れていなかった。話しかけようとすれば普通に会話ができる距離だが、お兄ちゃんと話したことはない。それまで、特に関わりももたなかったし、接点をもとうとしたこともなかった。
夏になって窓を開けたお兄ちゃんの部屋からは、よくテレビの音が聞こえてきた。友達を呼んだときにはその会話も聞こえてきた。しかし音楽が聞こえてくることはなかった。おそらく彼はそれほど音楽好きなわけでもなかったのだろう。たまに歌謡曲が聞こえてくることはあったが、それもその一回きりで、同じ曲を何度もかけることはなかった。
しかし、あるとき、お兄ちゃんは「The Reflex」に捕食された。彼はこの曲をとても気に入ったようで、頻繁にかけるようになった。一日に何回も。しかも大音量。それも毎日……。
お兄ちゃんには日課ができた。毎朝、学校に行く直前にこの曲のロング・ヴァージョンを3回かけるのだ。景気付けなのか、眠気覚ましなのか、現実逃避なのかわからない。しかもこちらの部屋が振動するくらいの大爆音である。我が家の前の道は高校生の通学ルートなのだが、通る高校生は皆会話を止め、お兄ちゃんの部屋を見上げるくらいなのだ。大爆音の「The Reflex」、毎朝3回のルーティンは必ず遂行された。
自分は朝からゲンナリである。大嫌いな曲を毎朝3回、大爆音で聞かされるのは精神疾患に繋がりかねない。静かな朝に鳴り響く”わいやいやいやいや”のダメージは大きかった。そのダメージを防御するために、その日のエネルギーの大部分を使い切ってしまうほどだった。
直接苦情を言うのは常套手段だが、それはあまりおもしろいと思えなかった。自分はちょっと違った方法でお兄ちゃんをやっつけようと思い立った……。
<後編へ続く>
と、ここまで書いて、はたして後編読みたいなんて人がいるのか~? なんて考える。サポートやらスキやらをまとまっていただけたら、そのときに後編書くことにします。
※後編は2022年11月1日に書きました。気になる御方はお手数ですがそちらまでよろしくお願いいたします。