ライヴ・エイドでのステイタス・クォー
クイーン人気の爆発的再燃をもたらすきっかけとなった映画『ボヘミアン・ラプソディ』。映画のハイライトとなったチャリティ・イベント、ライヴ・エイドでの演奏シーンは、その素晴らしかったステージを見事に再現するものだった。ライヴ・エイドのステージでクイーンはその存在感をあらためてしめし、それから30年以上経ったいまでもそれは伝説的パフォーマンスとして讃えられている。
クイーンの再評価から振り返ってみると、ライヴ・エイドはベテランバンドの再生を促すイベントでもあった。クイーンの他にも、オリジナル・メンバーで復活したブラック・サバス、ジェイソン・ボーナムを加えたレッド・ツェッペリン、解散時のラインナップで再集結したザ・フー、ライヴ活動を停止していたポール・マッカートニーらは、このイベントに出演したことによって自らの存在意義を見直したのではないか。80年代に入るとロック/ポップ音楽はエレクトリック・サウンドが台頭し、それまでのバンド・サウンドとは様相が変わっていった。60〜70年代に活躍してきたアーティストの多くはその荒波に飲み込まれ、迷走し、スランプに陥った。そんなニュー・ウェイヴ・アーティストに混じって奮闘するベテランたちの踏ん張り。いまあらためてこのイベントでのベテラン・アーティストの姿を見てみるとバンドそれぞれの気概が感じられる。
そんなベテラン勢のなかで、イベントのオープニングを務めたステイタス・クォーの演奏はことさら記憶に残るものだった。一曲目の「Rockin' All Over The World」は、曲の内容そのものがまさにこのイベントの始まりを象徴するようなもので、弱者を救うための音楽、音楽がもつ力を世界に放つ狼煙として最適な曲だった。アンディ・バウンが奏でるイントロから鳥肌がたち、フランシス・ロッシの歌声には世界を引き付ける魔法のような力が感じられた。続く二曲目は、彼らのライヴの定番中の定番曲「Caroline」。リック・パーフィットの激しいギター・ストロークに導かれ疾走するロックンロールの力強さに瞠目する。短時間で観客をヒートアップさせたあと、最後の曲「Don't Waste My Time」の、イベントの趣旨を測ったような、思わせぶりな選曲で締めるといった、ライトで明快な曲三連発の構成は見事という他ない。
感動的なパフォーマンスをみせたクォーだったが、ただ彼らはこのとき、すでに解散していたバンドだった。この前年、ロッシは自らの手でバンドを完全に停止させていたのだ。解散からほどなく、ボブ・ゲルドフに声をかけられ、パーフィットとともにバンド・エイドに参加するが、それは"元ステイタス・クォー"のメンバーとしてであった。その後、ライヴ・エイド開催決定にともない、ゲルドフに、今度はクォーとしてイベントに出演してほしいと打診される。ロッシはそれを快諾し、バンド再編に乗り出した。一度解散したバンドを再編するのには労苦がつきものだろうが、ロッシは奮闘し、関係が悪化していたアラン・ランカスターをも呼び寄せ、このイベントのためにバンドを再始動させたのである。そしてリハーサルもろくにないまま臨んだステージがあのパフォーマンスだったわけだ。
その演奏をよくみると、「Rockin'」の演奏はどことなく固さがみられ、慎重になっているようにみえる。イベントの規模の大きさからナーバスになっている、というよりも久しぶりの自分たちの演奏を確かめているといった雰囲気だ。それが「Caroline」で徐々に勘を取り戻し、「Waste」ではロッシのテンションが一気に上がっていく。眠っていたバンドが少しずつ、まどろみながら目覚めていく様子はとてもスリリングだ。まさにこのとき、ロッシはバンドの復活を決意したのではないだろうか。
ロッシの自伝『I Talk Too Much』には、"ライヴ・エイドはクォーにとって重要なイベントだった"といったことが書かれている。彼にとって、ライヴ・エイドはクォーの分岐点だった。このイベントで息を吹き返し、新メンバーを加えたかたちで完全復活を遂げたクォーは、その後もコンスタントにアルバム作りとライヴ活動を続けている。パーフィットが亡くなったいまでもロッシは活動を止めずに、いまに至っている。
ライヴ・エイドが開催されてから35年経ったいま、映画の影響もあってか、クイーンのパフォーマンスばかりが取り上げられる。"ライヴ・エイドはクイーンのためのイベントだった"という人もいる。たしかにこのときのクイーンは素晴らしかった。が、よくみてみれば他にも素晴らしいパフォーマンスをみせたバンドやアーティストはいくつもいる。ステイタス・クォーもそのなかのひとつだ。彼らの歴史、紆余曲折を経て解散に至り、そこからライヴ・エイドを機に甦ったバンドは、映画『ボヘミアン・ラプソディ』にも負けず劣らずのドラマがある。フレディ・マーキュリーとロッシはまったく違うパーソナリティだが、『ボヘミアン・ラプソディ』と同じような構成で、ロッシを中心にしたクォーの映画があってもおもしろいはずだ。
ちなみに。クォーとクイーンは親交があり、特にパーフィットとブライアン・メイ、ロジャー・テイラーは親しかったようだ。また、ライヴ・エイドの翌年、クイーンのツアーにクォーが前座として出演するということも。奇しくもライヴ・エイドから一年後、二組は同じウェンブリー・スタジアムでステージを務めている。バンド再生を同時に果たすきっかけとなった夏のウェンブリーで、クォーとクイーンはどんな気持ちで演奏していたのだろう。
ここから先は
¥ 100
よろしければご購入、サポートをお願いいたします。いただきましたお気持ちが大きな励みになります!