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『ビリー・ジョエル:ライヴ・アット・ヤンキー・スタジアム』レビュー

 かなり前に既発のビデオで観た『ビリー・ジョエル:ライヴ・アット・ヤンキー・スタジアム』の印象はあまりいいものではなかった。シーンのカット割りが多く、画面の揺れやピンボケした映像が頻繁に飛び込んでくるライヴ映像というのは違和感ばかり。その目まぐるしさがどうにも気になって仕方なかった。ただそのライヴ・パフォーマンスそのものは素晴らしかったので、観ているうちに映像の違和感は徐々に薄れていったのだが、でもなんだか編集途中のラフカットを観せられているようだなあといった感覚はずっと残ったままだった。

 あれから30年。その映像がリニューアルされたというので、今回再編集された『ビリー・ジョエル:ライヴ・アット・ヤンキー・スタジアム』を映画館で観た。まず驚いたのはサウンドの臨場感だ。各楽器がクリアに粒立ち、全方位から迫ってくる音の響きは迫力満点。あたかもスタジアムにいるかのような錯覚に陥るが、現場にいてもこれほどクリアなサウンドは体感できないはずで、そういった意味ではあり得ないバーチャル体験である。映像も、当時発売されたものと比べると格段にクリアになっており、30年以上前の映像とは思えない。もともと撮影していたカメラの数が多く、未発表の素材もかなり多かったであろう作品だが、今回の再編集では既発の映像で使われていたカットが大幅に差し替えられていて、初めて目にするシーンが盛り沢山。個々のバンド・メンバーの笑顔のズームアップ、一人ひとりの観客の楽しげな表情(若い女性ファンが多い!)がふんだんに使われた編集は、ビリーのライヴがいかに楽しいものかを端的に伝えている。曲そのものが初お目見えとなった「アップタウン・ガール」で、ビリーがステージを降り、観客の手が届くところまで近づく親密さは、スタジアム・ライヴというよりライヴハウスのようだ。シーンによっては画面の揺れなど相変わらずなのだが、それもそういった新たな編集ゆえかあまり気にならない。
 途中に入るオフステージのビリーのトークも印象深い。ヤンキー・スタジアムでライヴを敢行することへの拘り。ベースボールとヤンキースへの思い。ライヴ実現までのエピソード。それらが組み込まれることでこれが単にライヴ演奏を収めた映像ではないことが示唆される。既発版が現在進行形のビリーの音楽とライヴの素晴らしさに特化した作品だったのに対し、再編集版はそういったものに加え、ライヴを取り巻くものへのビリーの感謝と愛が強く感じられる作品となっている。バンド・メンバー、ファン、ニューヨークへの彼の思いが多角的に映し出されているのがこの再編集版の肝といえるところだろう。

 ところでこの作品のもともとのテーマとはどういったものであったのか? 映像に収められたのは『ナイロン・カーテン』以降のアップテンポな曲と、ニューヨークにまつわる歌詞をもつバラッドのみ。ライヴの定番曲「ピアノ・マン」は唯一の例外となるが、それ以外の演奏曲はすべてカットされている。『ナイロン・カーテン』より前の時代の曲を収録しないというのはこの作品の重要なポイントで、監督のジョン・スモールとビリーの思惑が感じ取れる。そこから導き出されるこの作品のテーマとはこういったものだったのではないか。

《長年活動を共にしてきたバンド・メンバーやレコーディング・プロデューサーを一新したヒット・メイカー、ビリー・ジョエルが、ヤンキー・スタジアムという大舞台からさらに飛躍する姿を象徴的にとらえたライヴ映像をつくる!》

ビリーにとっての憧れの地であり、それまでロック・ライヴ未開の地であったヤンキー・スタジアムで演奏することは、彼の心機一転をかける場として最適だったはず。ライヴィ映像はあくまで新曲メイン。ニューヨークへの思いをうたったもの以外、古い曲は収めない。新しい次元に入ったビリー・ジョエルを見てくれ。この作品はそういった点に焦点を絞ったものだったといえる。

 ただ、上記のとおり、この再編集版ではバンド・メンバーとファンへの感謝が直接的に描かれており、作品のテーマは幅を広げている。今回、オミットされていた「アップタウン・ガール」が追加収録されたことは象徴的だ。この曲で見られる観客との交流には、既発版では目立つことがなかったファンへの感謝がはっきりと映し出されている。人気絶頂のメジャー・アーティストのスタジアム・ライヴでこれだけファンに近づき、触れ合うことは稀で、しかもそんなシーンがとても友好的に撮影されているのを見るとその関係性に頬が緩む。手を伸ばす女性ファンはみな満面の笑みで、ビリーも戸惑いながらそれに応えようとしている。ファンへの感謝を強く感じさせるこの曲の映像は単なるボーナス映像ではないのだ。

 またここでおもしろいのは、ステージ下でハンディカメラを持ち、ビリーを楽しそうに撮影する当時の奥さん、クリスティ・ブリンクリーの姿が映っていること。二人の蜜月を思い起こさせるこの映像をあえて見せる編集は今現在のビリーによるユーモアなのだろうか?

 ともあれ、ビリーがヤンキー・スタジアムでライヴを敢行することの意味、それがこの映像には詰まっている。再編集版に込められた彼の気持ちは新たな装いによって立体的に描かれ、より迫力を増したサウンドとクリアな映像の中をただよっている。今回の再編集版は既発版とは印象が異なり、その余韻もまったく違う。ビリーがヤンキー・スタジアムで紡いだ"もうひとつの″素晴らしい物語がこの作品だ。ファン必見!

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