Meat Loafを聴いてみて
ミート・ローフと日本との間にはどうにも埋めることが困難な溝があった。彼のシアトリカルな音楽性とライヴは欧米では高く評価されていたが、日本でそれはなかなか受け入れられなかった。”ロック・オペラ”とも評されるその手の音楽は、そういったタイプの音楽に慣れ親しんでいない日本のロックファンにとってとっつきにくいものだったといえる。
なんでも検索でき、音源さえも簡単に試聴できるいまの時代だったら、また多様化する音楽を柔軟に受け入れる環境が向上してきたいまの時代だったら、日本における彼の評価も違っていたかもしれない。ただ、彼が活躍していた時代、インターネットがうまれる前の時代、日本では海外の音楽に触れる機会は限られており、その情報さえも手繰り寄せる方法がほとんどなかった。主な情報源は音楽雑誌であり、ラジオだった。特に音楽雑誌は日本のロックファンの拠り所だった。
ところが日本の音楽雑誌で彼はまともに取り上げられることがなかった。ごくたまに海外発信の小さなトピックが載るか、新譜が出たときに僅かな字数で紹介される程度。冷遇ともいえる扱いだった。音楽雑誌の記者で彼に興味をもつ者はいなかったようだし、たとえ彼の記事をプッシュしようとする記者がいたとしても、それをサポートする編集長もいなかっただろう。彼の存在を知らなければ、その音楽に触れる機会はないようなものだった。
日本のレコード会社も彼をどう売り出すべきか苦心惨憺していたようだが結果はついてこなかった。音楽雑誌のサポートはまるでなく、ラジオで紹介されることもまったくない、言ってしまえば放置されたような状態で、レコードが売れないのは当然だった。
しかしながら1994年、欧米でヒットした曲「I'd Do Anything For Love (But I Won't Do That)」が日本でもFMラジオを中心に集中的に紹介されるという珍事があった。これは実に彼らしい曲だし、日本人に好まれるタイプのものだけれど、当時は”なぜいま日本のラジオで彼の曲が頻繁にかかるんだろう?”と不思議に思ったものだ。
が、あとになってわかった。この曲は彼にグラミー賞(最優秀ロック・ボーカル・ソロ・パフォーマンス)をもたらしていた。日本のラジオでよくかかったのはグラミー受賞による話題性が背景としてあったからだった。
ただ、このときのグラミーは「I'd Do Anything For Love」以上に注目を集める曲があった。ホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」(最優秀レコード賞、最優秀ポップ・ボーカル・パフォーマンス)だ。この曲と、映画『The Bodyguard』(サントラは最優秀アルバム賞)の当時の破壊力たるや凄まじいものがあった。音楽と映画の話題はホイットニーが独占し、ラジオからは一時間ごとに彼女の歌声が聞こえてきた。それに加えて、映画『Aladdin』と、ピーボ・ブライソンとレジーナ・ベルの歌唱でグラミー(最優秀楽曲賞、最優秀ポップ・パフォーマンスなど)を獲得したそのテーマ曲「A Whole New World (Aladdin's Theme)」も日本中で話題となり、その他のグラミー受賞作品の光を奪い取った。ロックファンはU2の『Zooropa』やエアロスミスの「Livin' On The Edge」、ストーン・テンプル・パイロッツの「Plush」などに注目したが、それらグラミー受賞作とてホイットニーが巻き起こした大きな嵐に呑み込まれた。
当然、彼もホイットニーの陰に隠れてしまう。考えてみると”ディーヴァ”とも”ミューズ”とも呼ばれていた全盛期のホイットニーと、”地獄のロック・ライダー”の彼とでは、そのイメージに雲泥の差があった。音楽ファンだけでなく、日頃音楽に親しんでいない人々も振り向かせるほどポピュラーな存在となった痩身の歌姫と、日本ではほとんど知られていない地獄から来たという太っちょの男。日本は太っちょの男など意に介さず、歌姫を徹底的に愛したのだ。
結果として、グラミー受賞の実績をもってしても日本で彼の存在が高められることはなかった。その「I'd Do Anything For Love」が収録されたアルバム『Bat Out of Hell II: Back into Hell』も日本ではそこそこ注目されたに過ぎない。
彼の音楽はドラマ性が濃厚で、そこにはオペラやミュージカルの要素も多分に含まれる。それゆえに曲のなかにはさまざまな演出もあったり、語りのパートもあったりする。ロック/ポップとしてみると曲も長く、少々勿体ぶって聞こえるかもしれない。が、ストーリーや言葉がまったくわからなくても彼の音楽はけして難解なものではない。ハードでメロディアス、さらにポップな親しみやすさをもっている彼の音楽は日本人にも受け入れられやすいものである。”ロック・オペラ”のイメージが強い彼の音楽だが、昨今の日本のクイーンブームを眺めると、彼らの代表作で”ロック・オペラ”曲「Bohemian Rhapsody」を好んで聴く日本人はとても多い。ならば、彼のロック・オペラも聴いてみてはいかがだろうか。彼は亡くなってしまったが、その活き活きとした音楽は遺されている。
アーティストが亡くなると、生前の作品が注目され売り上げを伸ばすことはごくごく自然の流れだが、彼が亡くなってからの欧米の注目度はとても高いようだ。日本でははたして......。
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