ファイアーハウス、CJ・スネアが気づかせてくれたこと
ふとラジオから流れてきたファイアーハウスを聴いて、記憶が一気にあふれ出してきた。いまからちょうど10年前、Y&T、ウィンガーとの3組によるジョイント・ライヴ「Kawasaki Rock City 2014」というイベントに出演するため、ファイアーハウスは来日した。
自分はこのとき、初めて観るY&Tを目当てにチケットを買った。このときのY&Tはバンド結成40周年ということで、そのお祝いライヴのような雰囲気もあった。ウィンガーもデビュー・アルバムの再現ライヴという触れ込みで、さらにレブ・ビーチも参加する25周年記念ライヴとなることがアナウンスされていた。ただ、ファイアーハウスは特にそういった看板を掲げることなく、3組の出演バンドのうちの1組という位置づけしかなかった。実際、Y&Tもウィンガーも、別のライヴの日程が出ていたが、ファイアーハウスだけはこの3マンライヴ以外の予定はなかった。
ファイアーハウスはまるで添え物のような扱いだった。そういった扱いゆえに当然ながら彼らは3バンドのスターターとして登場した。このときの観客は特に目当てのバンドでなくてもウェルカムな雰囲気で、そういった意味ではどのバンドも演奏しやすい環境にあったように思える。ファイアーハウスも観客からの声援はやりやすく感じていたことだろう。そののびのびとしたパフォーマンスは、彼らにとってはいつもどおりの演奏だったのかもしれない。キャッチーで美しいメロディ、清涼感のあるサウンド、それをまとめあげるCJ・スネアのヴォーカル。特にこのときのCJのヴォーカルはきらきらと輝いていた。
彼の歌声を聴いていると、若い頃に無我夢中でひとつのことを追い求めたときのような、毎日が楽しくて仕方なかった昔の恋愛の記憶を引っ張り出されたような、それこそ子どものときにサンタがなにを届けてくれるのか楽しみにしながらベッドに入ったときのような、そんなわくわくする気持ちが湧き出してきたのにハッとさせられた。音楽によって心の隅々が浄化され、自分が純粋無垢になっていく感覚。CJの歌声に誘(いざな)われ、喚び起こされるそんな不思議な感覚にただただ驚かされた。自分が純真だなんて到底思いもしないけれども、CJの歌声が自分のなかを駆け巡るとなぜか邪心のない自分がちらちらと顔を出してくるような気がした。自分自身をポジティヴに、人生のなかの輝きや悦びを糧に、豊かな時間をもつこと。彼の歌声からはそんな生き方を促すパワーがたしかに感じられたのだ。
ファイアーハウスの音楽はステージを照らす光のなかで瞬いていた。そこから放たれたスピリチュアルなフラッシュをいったん感じてしまうと、それは魔法のようなデトックス効果をしめした。ライヴのあと、生きることの瞬間瞬間が神々しく思えてきた。ライフ・イズ・ビューティフルなんて、それまで陳腐に思えた言葉が身に染みるようにもなった。人の歌声に底知れない力があるのは知っていたつもりだったけれど、CJの歌声にある力は別格だった。
いま思い返してみても、この日の記憶はCJの歌声の素晴らしさだけで満たされている。ウィンガーのテクニカルな演奏も、Y&Tのエモーショナルなパフォーマンスも、それぞれ覚えてはいるが印象はかなり薄れてしまった。自分にとって、この日はファイアーハウスの日だった。その後の2バンドはすっかりファイアーハウスの陰に隠れてしまった。
正直にいうと、自分はこのときまでファイアーハウスをまともに聴いたことがなかった。いくつかの曲を知ってはいたけれど、のめり込んだことはなかった。それが、この日を境にファイアーハウス漬けになった。ほとんど毎日、浴びるように聴いた。ただ、レコーディングされた曲からあのときのCJの波動は感じられなかった。生で聴くライヴこそCJの真髄である、そう悟った。それからはひたすら来日の報を待つ日々だった。来日したらまた必ず観に行こう、そう思って年月が過ぎた。
今年に入って、久しぶりにファイアーハウスのニュースが大きく取り上げられた。でもそれは悲しい報せだった。あのとき観たライヴからちょうど10年経っての、それこそ聞きたくない報せだった。CJの歌声を耳にする機会がなくなってしまうなんて信じたくもなかった。あのときが最後の来日となってしまうなんて……。
ファイアーハウスは終わってしまった、そんなふうに思いこんでいた。彼らは解散してしまったに違いない、と。だが、彼らはいまも活動を続けている。CJの代わりとなるシンガーといまもライヴ活動を精力的に続けているのだ。
CJの後任、ネイト・ペックはまだ20代の若者だ。CJの薫陶を受け、ファイアーハウスのヴォーカリストとして成長を続けているネイトはCJのようにうたう。ネットでライヴの動画を見ると、少しばかり線は細いが、歌声はCJの歌声そのものといっていい。素晴らしいじゃないか。ネイトの歌声をライヴで聴いたらどんな感じなのだろう。どんな世界が見えるのだろう。
いつかファイアーハウスは来てくれるだろう。CJの声を聴けないのはさびしいばかりだが、ネイトがうたっているのなら、彼らの来日をこれからも待ち続けようと思う。ネイトの歌声からなにを感じるのかわからないが、CJの遺志は確実に受け継がれているはずだ。