心は美しくなくてもいい。表現と自分自身の美しさについて
このnoteは、「アーティストウェイ」という、アーティストとしての夢を叶えたい私と、そのプロデューサーの凛くんと共に作っているプロジェクトです!
「私が作曲で、音楽を通じて表現したいことは何?」
と、凛くんからもらった課題、"一日一回なんで作曲するんだろう?"と、問いかけるをやってみている。
私がノートに書いている言葉は、希望、憧れ、心、明るさ、前向き、美しさ、恋、愛、など。
でもね、思ったのです。
表現したいものにまじっている「美しさ」というのは、表現したいことの土台となるとても大事なことなのだけど、
表現する私の心は本当に「美しい」と言えるのかな?
私は、美意識がある人が大好きで、漫画のキャラでもそういった側面があるキャラが好きです。
(例えばトリコのサニーとか。最近ジャンプ読んでないから例が最新でないのだけど)
じゃあ私自身に美しさはあるのかな。
そんな風に思うと、ちょっと「うーん」となってしまう。
容姿も中身も、自分で自信を持って「美しい」と思えていないし、
じゃあ美しくなろう!と美しさに「執着」してたらそれもそれで美しいのか?
なんて堂々めぐりをしてしまうのです。
そう思って、私のコーチをしてくれる凛くんに相談をしました。
返ってきた言葉はとても意外なもの。
そんな内容でした。
目からウロコの回答でした。
「美しさ」というのを意識しすぎなくてもいいんだなと思いました。
むしろ、心は美しくなくてもいい。
これって自分の頭の中だけで考えていたら絶対に出てこない内容です。
自分の好きなこと、ゆずれない部分を大事にする。
それが大切で、心は曇りをとるくらいでいいよ、と教わりました。
とはいえ、表現したいものの土台にある「美しさ」は大切にしていきたいのです。
「美しい」という言葉はとても好きだから。
とはいえ、「私はまだまだ美しくない」とか、そういうネガティブな想いというのは手放すことにします。
また、私の音楽の美しさを追求すると同時に、私の感性の中にある、美しいものを表現できる何かは、きっと私自身の美しさにもつながるのではないかな、と思います。
そんな想いを大切に、表現活動や、人生を歩んでいきたいです。
こんな話を、私のコーチである国岡凛くんといつもお話しています。
彼はアーティストの根っこにあるべきものを自身でずっと深めてきている、思考するのがとても得意な人。
一流のアーティストになるために必要な言葉をいつもかけてくれて、私の成長になくてはならない存在です。