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オールの小部屋から⑥ 投資戦略から生まれた『極楽征夷大将軍』

 発売中のオール讀物9・10月合併号。店頭に2か月並ぶ号なので、しつこくPRをつづけますが(笑)、お許しください。
 第169回直木賞の特集記事の中で、いちばん「おおっ」と思ったのが、『極楽征夷大将軍』で受賞した垣根涼介さんと池井戸潤さんとの記念対談「やっぱり大事なお金の話」。旧くからの友人どうしであるおふたりのトークは、互いへの敬意と友情とに満ちた幸福感あふれるもので、たとえば、対談会場で会って最初のやりとり、

 垣根 今日は、池井戸さんがしっかりとジャケット着て来られたので正直、焦りましたよ。僕は柄シャツだから。
 池井戸 いやいや、こんな大事な日にはしっかりと着てくるでしょう(笑)。

オール讀物9・10月合併号 83頁より

 こうした服装についてのかけあいなど、思わず笑ってしまいます。

服装が好対照な垣根さんと池井戸さん(©文藝春秋)

 この対談中、垣根さんは『極楽征夷大将軍』が生まれた経緯をじつは初めて明かしています。

「資産運用をする上で最も手堅い、王道の戦略は何か」

 こう問いを掲げた垣根さんは、身銭を切った実体験も踏まえつつ、

「時価総額加重平均型のインデックスファンドが最強である」

 と、結論づけます。
 一見、プロの投資家が厳選した株に資金をつっこむアクティブファンド、ことにヘッジファンドと呼ばれるもののほうがリターンが大きく、効率のよい運用先のように思いがちです。これは短期的には正しいかもしれない。
 ところが10年、15年という長期スパンで見ると、8割のアクティブファンドは普通のインデックスファンドに運用成績で負けている――。
 垣根さんはこう指摘するのです。
 では、こうした〝投資の効率性〟をウオッチするまなざしで、歴史を見てみたらどうか。
 垣根さんの目には、たいへんな才能に恵まれながら短期的な活躍で終わってしまった新田義貞や楠木正成はヘッジファンドに見え、粘りづよく最後まで生き残った足利尊氏はインデックスファンドに見えた。このイメージが『極楽征夷大将軍』を生んだ、というのですね。
 これは、これまでどんなインタビューでも語ってこなかったことです。お相手が池井戸さんだからこそ、垣根さんも着想の原点を明かしたのでしょう。

護良親王が幽閉された土牢を検分する垣根さん

『極楽征夷大将軍』を連載するにあたり、垣根さんは尊氏や後醍醐天皇ゆかりの地、足利、鎌倉、京都、吉野周辺へと取材を重ねました。
 鎌倉市内をドライブ中、「石井くんは何か投資やってるの?」と垣根さんから聞かれ、渋滞の合間の雑談で、あれこれ日本経済についてお喋りしたことを今さらながら思い出します。いま思うと、あのお喋りは雑談ではなく(雑談でもあったかもしれませんが)、小説の取材だったのでした。

物語の冒頭でも描かれた鎌倉・由比ガ浜
京都御所を取材中の垣根さん

 対談の中で、「現代小説の感覚で歴史小説を書きたい」「今という時代とリンクするようにいかに書くか」と、くり返し述べている垣根さん。
 歴史上の人物や事象に〝いま〟を見出しながら小説に取り組んでいることがうかがえます。
 垣根さん流の歴史の見方を「面白そう」と思われた方は、ぜひオール讀物9・10月号掲載の対談「やっぱり大事なお金の話」をお読みの上、直木賞受賞作『極楽征夷大将軍』を手に取ってみてください。

 こちらの記事も、「尊氏に学ぶ令和のリーダー像」という切り口で受賞作の魅力に迫ったものなので(こういう原稿を書くのも編集者の仕事なんです)、お目通しを!

(オールの小部屋から⑥ 終わり)


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