Mr.Children「フェイク」嘘つきな私の本当とは
20代前半頃まで、私は発言が適当だった。
高田純次よりテキトーだった。
というか、もはやウソつきくらいの責任感のなさだった。
どうせ自分の発言を真剣に聞いている人もいないだろうし、うまく誤魔化せば大丈夫でしょ。
見破られてもまぁどうにかなるでしょ。 と。
そして何度も、その責任感の無い発言のせいで信用を失くしたり、自業自得な恥ずかしい思いをしてきた。
だからこそ、その後は、
いかに正直にいられるか
不確定な約束をしていないか
わからない事をわからないと言えるか
そんな様なことを大切にしている。
約束した事は守りたい。守れない時もあるかもしれないけど、守れるように努力する。
失敗をしたら隠さずに、次に失敗しないようにどうするかを考え、周りにも言う。
自分の発言に矛盾があるのが怖い。
言ってることとやってることが違うって、誰かに思われるのが怖い。
というのが基本なのだが、世の中はどうにもそんな綺麗事ばかりではいられなくて…
「秘密にしてね」と言われた事を馬鹿正直に秘密にしていたら、
他から「友達なのに大切な事を秘密にしていたのね?誤魔化すために嘘言ったのね」と責められたり。
これ、どうしたら良かったの。
(まずさぁ、「秘密にしてね」って人に言うのって本当に罪だと思う。)
あと、周りに余計な事は言いたくないんだけど、
言わない=嘘
ってなる場合があるのが苦しい。
『アイデア•オブ•ユー 〜大人の愛が叶うまで〜』
のワンシーンに、
恋人の詳細を言ってなかった母親に対して、高校生の娘が
「嘘はムカツク」
って言っていた。
これって、嘘なのかな?
嘘は付いていなかったんじゃないかな。
でも、母親は娘に泣かれ、本当にごめんなさい…と謝っていた。
正直に生きているつもりが、大切にしていた事が、時に嘘になる場合がある。
怖い。
ポリシーを持って過ごしていても、そのポリシーごと胡散臭くなってしまう。
じゃあ、何が嘘で何が本当なの?
嘘と本当が1枚の紙の裏表すぎて、クシャッと丸めたらもう1つの塊にしかすぎなくて。
正直でいたい、と言う私のこの言葉がもうすでに、嘘なんじゃないか。
大切にしていた物が急に偽物と明かされている。
そんな気がしている。
すべてはフェイク
それすら(フェイク) なら、
フェイク✕フェイクが真実になることもあるのかな?
元嘘つきだと思っていたけど、もしかしたら今も嘘つきなのかな。
もう何をどうしたら良いのかわからなくなりそう。
言い訳ばっかしてしまったけど
私は、結局は自分も周りも大切にして、言葉足らずにならない様に過ごして行きたいと思っている。
その気持ちだけは、今の私の真実だと信じて。
騙したくも騙されたくもないし、人は信じていたい。
でも誰かを疑う気持ちが湧き上がることはあって、自分の事すら疑って。
結局許し合うしかない。
ならば全てはフェイクだと思うのが良いのか。
全てはフェイクなんてフェイクなんだから、その認識も無意味?
んん???
わかんなくなってきたぞ。
じゃぁ、まぁ、いいか(笑)