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低予算ながら超一級品。ソダーバーグ最新作『レット・ゼム・オール・トーク』

アメリカではHBOMAX、日本ではiTunesでデジタルリリースされた『レット・ゼム・オール・トーク』は、スティーブン・ソダーバーグ監督らしい撮影方法にもストーリーにも工夫のある作品だ。

有名作家のアリス(メリル・ストリープ)は権威ある文学賞の授賞式に参加するため、甥のタイラー(ルーカス・ヘッジズ)と共に大西洋横断の豪華客船「クイーン・メリー2」でイギリスに向かっている。同伴者の搭乗を条件に式への参加を承諾したアリスは疎遠になっていた大学時代の友人2人ロバータ(キャンディス・バーゲン)とスーザン(ダイアン・ウィースト)を招待する。久しぶりに再会した2人と再会を喜ぶアリスは、かつての友情を取り戻そうとする。しかし小説の締め切り間近のアリスに自由時間は少なく、全員が集まるのは夕食の時間だけで、日中は豪華客船の中で各々過ごすことに。そしてアリスとロバータの会話は弾まずギクシャクとした時間が流れる。やがて2人の間には大きな確執があることがわかり、楽しい再会は息苦しい雰囲気になっていく。

低予算なのに”金のかかった感”のある映像

ソダーバーグ作品の大きな特徴はフィックスの画作りだろう。ピーター・アンドリューの名義で撮影監督も兼任するソダーバーグの映像には手振れがほぼなく非常に見やすい。特に近年は普通の映画作りに飽きてしまったようで撮影方法は常に挑戦的だ。

2018年の『アンセイン ~狂気の真実~』、2019年の『ハイ・フライング・バード -目指せバスケの頂点-」はどちらもiPhoneで撮影された映画だ。この2作には「iPhoneなのにどうやってこんな画を撮ったんだろう…」と驚かされた。撮影機材がiPhoneでもソダーバーグの映像はスタジオ映画なみのプロダクションバリュー(金がかかっているように感じさせる質の高い映像)を感じさせる。その要因はきっと画角だ。広角カメラのフィックスで捉える建造物、動く被写体を横から捉える水平映像、横斜めの角度からフィックスで捉える登場人物の接写などショット全てが印象的だ。『アンセイン ~狂気の真実~』ではカメラドリー(水平にカメラを動かす機材)を使われていないが映像は常に滑らかだ。メイキングを見ると車椅子に乗ったソダーバーグがスマホ用ジンバルを持って撮影していた。

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↑『アンセイン〜』撮影時のソダーバーグ

こういった撮影方法は機材費だけでなく時間短縮にも繋がり結果的に映画作りにかかるコストを下げることができる。ソダーバーグ映画は基本的に低予算なので出資側の注文も少なく高い自由度を保つことができる。

実際の豪華客船で撮影を敢行

話を『レット・ゼム・オール・トーク』に戻すと、今回も製作方法に様々な工夫がある。まず物語の舞台である豪華客船クイーン・メリー2はセットでなく本物だ。実際の航海2週間で撮影された映像がほとんどである(一部追加撮影した映像もある)。これによりセットを作る費用を大幅にカットしている。

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しかし実際の船での撮影は被写体との距離が取りにくい問題もある。狭い客室もセットなら壁をぶち抜いて撮影できるのでどうにでもなるが物理的な制約がある本物だとそうはいかない。そこでソダーバーグは小型カメラRED COMODOを船の中に持ち込み撮影を敢行することにした。脚本家のデボラ・アイゼンバーグも狭い客室に3台もカメラを持ち込むソダーバーグを見て驚いたという。また今回もカメラドリーではなく車椅子を持ち込み滑らかな水平映像を実現させている。

The Location Guide - Behind-the-scenes of Let Them All Talk with LS Productions
www.thelocationguide.com/2020/12/behind-the-scenes-of-let-them-all-talk-with-ls-productions/

濃厚な会話劇はほぼアドリブ

本作は会話劇だが、劇中のセリフは俳優達のアドリブによるものがほとんどだ。ソダーバーグは大まかなプロットを考え、短編小説家デボラ・アイゼンバーグに脚本執筆を依頼。アイゼンバーグはアウトラインを決めて、ソダーバーグと共にクイーン・メリー2に搭乗し撮影に参加している。現場でアイデアを交わし、台詞や物語が作られている。

設定だけ与えてアドリブで作る映画はよくあるが結構つまらないものも多い。腕のある俳優の技術に左右されるからだ。本作はメリル・ストリープをはじめベテラン俳優達なので十分面白い。その俳優をソダーバーグの手によって編集・撮影しているので、約2時間飽きさせない見応えのある映画に仕上げるのは当然とも言える。ソダーバーグでいうとかつて『フル・フロンタル』で似たようなアドリブのアプローチをしているが本作の完成度の方が圧倒的に高い。

1日で2回続けて鑑賞。個人的には大傑作

全体の感想で言うと、個人的に大好きな映画だ。AmazonPrimeVideoでレンタル視聴したが、1日で2回続けて観た。先述した映像はもちろん楽しんだが、心を奪われたのは俳優の表情だ。メリル・ストリープやキャンディス・バーゲンではなく、甥のタイラー役ルーカス・ヘッジズと、アリスのエージェントであるカレン役のジャンマ・チャンだ。

タイラーがカレンに恋をしてしまい、プラネタリウムにいったり好きな映画を話したりディスコでダンスしたり積極的にアプローチを重ねる。毎晩別れる際に「また明日!」と言葉を交わし自分の客室に戻るタイラーが「楽しかったなぁ」と言わんばかりに微笑むシーンは最高だ。このルーカス・ヘッジス、どこかで見た顔だと思っていたら『レディバード』に出ていた俳優だ(代表作は『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のようだが未見)。私は不器用だが清純な主人公が恋をする映画が大好きだ。ジェンマ・チェンのような綺麗な女優に恋焦がれる姿を応援しながら映画を楽しんだ。

映像もストーリーも全部楽しめた『レット・ゼム・オール・トーク』は今年見た映画の中でもかなり好みの部類。来年にはまたしてもHBO MAXから『クライム・ゲーム』というソダーバーグ監督の新作が配信される。しかも私の大好きなベニチオ・デル・トロの出演作ということで楽しみで仕方ない。レンタルはちょうど今月出ているようだ。


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