『おいしい二拠点』完結とこれからのこと
久しぶりに長文を書きます。雑感所感もろもろ。
かねてより連載中だった漫画『おいしい二拠点』がこのほど最終回を迎えました。
もう読みましたか?
まだ?なら読んできてください。ほら。今!
全話無料で読めますから。
https://baila.hpplus.jp/manga/twobases
いやーーーーーー、ほんっっとうに難しいお話だった。
難易度過去イチだったかも。
麻胡はよかったんだ麻胡は。
あのひとはいるだけでお話を推進させる元気がある、
素直でいいやつ、おひさまの子です。
問題は第2シリーズ、そう、志生、貴様だ。
白黒はっきりさせないと気が済まないひとというのは
商業漫画においてはたいへん重宝されるキャラクターです。
しかしこの志生というひとはそこの度がまあ過ぎていて、
グレーにおける白と黒の配分、明度彩度加味された隠し色まで
しつこくしつこく解析しないと自分を許せないんですね。
「てへっ★ラッキーサンキューハッピー♪」で済ませちゃえば
仕事も家庭もほぼ順風満帆、はい解決。なのに。
納得できるまでは頑としてその場から動こうとしてくれない。
私47歳なのに、衰えゆく脳でまだこんな答えのないことに
悩まなきゃなんないの…話がちがうよ…と毎回頭を抱えたものです。
匙を投げずに本当によく頑張りました志生ちん。あんたえらいよ。
しかしたまたま名もなきモブとして登場した農業ギャル・アンが
レギュラーに昇格しなかったらこのお話は破綻に終わったかもしれない。
綱渡りが過ぎるよ…!心臓に悪い!
アンの初登場シーンは、「だいだい、代々」の由来を入れられれば別に
農家のひとはおじさんでもおばあさんでも誰でもよかった。
ただちょっと差し色で遊ぶくらいの感じでギャルにした。
そうしたらそれが突破口になった。
麻胡やかりん(忌憚のない眼鏡の友人)もとてもできた友人だけど
彼女たちの正しさでは志生を救えなかった。
なぜなら正しくあろうとすることがまさに苦しさの根源だったから。
そんなときには…ギャルだ!
キャラクターって、読者だけでなく作者にとっても出会いなんだなあと学びました。
それから陸生さん。
「二拠点生活」というテーマで、実際に移住などしている方々からお話を伺っていくなかで、
むくむくと関心が湧き上がってきたものがありました。
それは「お父さん」という生き方について。
私は母子家庭で育って自立して、その後もひとりで生活していくことを積極的に選んできたため、身近でお父さんというものを観察してこなかったのです。
や、絶対身近にいたはずなんだけど(飲み屋のカウンターの隣とか)、
やはり自分にとっては切実な存在ではなくて、お母さんをやっているひとを
お母さんとして考えるほどには丁寧に考えてはこなかった。
だいぶ大雑把なお父さん観しか持っていないことを、それはもう第1シーズンの取材のころから痛感することの連続で、それで出てきたのが陸生というキャラクターでした。
正直、最初の企画段階では志生よりも早く「こういうひと」というのがほぼ仕上がった。
彼とは同年代でもあるので共感することも多く、言動に影響を受けて私自身の生活習慣が変わったりもしました。
自分が作ったキャラクターなのだから彼の心はもともと自分のなかにあったもののはずなのに、実感としては完全に順番が逆で、赤の他人から初めて聞かされる言葉に「すげーなあんた!」って圧倒される感じ。
不思議で面白かったです。
この気難しいお話を、漫画専門誌ではない@BAILAで描かせてもらえたのは
すみません、ほんとすみません…と恐縮するばかりです。
@BAILAさん的に「話がちがう」とはならなかっただろうか。
最初のころはたしか編集さんと
「漫画を読み慣れていないひとにも読みやすいようにしましょう!」などと
話していたような記憶がおぼろげにあるが…
結局通常運行の私の漫画でした。相変わらず経済効果を生まない…
ほんとすみません。(しょうがないじゃんね、私イシデ電だもの)
当初は麻胡の長野編全6話で終了の予定だったのが、第2シリーズとして、
結果的にキャリア最高難易度かもしれない熱海編をかかせていただけたこと、心から感謝します。
人生なにがあるかわからないなあ…
取材にご協力くださったみなさまにも感謝です。
かけがえのない経験をさせていただきました。
それにしても、日ごろ私の漫画なんか読んでいる偏った漫画読みたち(こら!)が、@BAILAにこぞってアクセスしているのを想像するのは愉快でした。
私の漫画以外でもなにか新しい発見をBAILAで得られていたらうれしい。
私はモデルの佐藤晴美さんと広告で表示される有田焼の真右エ門窯さんの
ファンになったよ。
ハイブランドの新作の動向を追っているような、
私とは生涯の一瞬でもかすらなさそうな方が
SNSで感想を書いてくださっていたのもすごくうれしかったな。
空と水と孤独は年収に関係なくあるよな。
で、年も変わったしこれからの話。
これを機に商業漫画家としての活動に一区切りつけようと思います。
ほんとうは、2019年に『猫恋人 キミにまたたびあのコに小判』を出して
個展を開催した、あのときにほとんど引退したつもりでいたのです。
単行本のあとがきも、最後のあいさつのつもりで書いている。
ところがそのあと、旧Twitterにアップした自主制作漫画『ポッケの旅支度』が思いがけず書籍化することになり、
それから『二拠点』の打診があったりしてなんだかんだで現在まで来てしまいました。
これは、どこかで「やめますよ」と書いておかないといつまでも後ろ髪引かれてしまうのではないか。
もう無理、となってからそれでもやった『旅支度』と『二拠点』、
どちらも非常に大きな経験となりました。
『旅支度』は私にとって初めての重版がかかり(『私という猫』新装版を除く)、久しぶりに海外出版もされたし、なにより読者さんからの反響が多く、おひとりおひとりとても大切に読んでくださっているのが伝わってきて
胸が熱くなります。
『二拠点』は、そのむかし国際展示場の地べたにころがって泣きぬれていた私を拾ってデビューさせてくださった編集の豊田夢太郎さんと15年くらいぶりにお仕事ができたことがうれしかったです。
いつかまた豊田さんと仕事がしたいという願いはずっと私のなかにあり、
「けどまあ無理っしょ」と諦めていた夢でもありました。
正直、「ファッション誌での企画もの」という、どう考えても適任とは思えない私がお仕事を受けたのは豊田さんの仕事だからでした。
あのとき、『猫恋人小判』の時点でやめなくて本当によかった。
やめていたらその動機は相当ネガティブなものばかりでした。
『おいしい二拠点』をかきながらすこしずつ、自分がなにをしたいのか、
老いていく心と体で今までに作ってきたものを超えるもの、それを商業漫画で作る方法はほんとうにもうないのかということを考えてきました。
ふつうのことなのかもしれないけど、私はまだ一生懸命やれることがしたい。
根っからの怠け者だから一生懸命やれること以外がんばれないの。
それで、去年秋に高円寺のVOIDで開催したグループ展、
はしレンジャー展で決定的に自覚しました。
商業漫画の「不特定多数に娯楽を提供する」という大原則から離れないと、
作りたいものが作れないというところに私きているなと。
情報や企図から離れた、加工を極力そぎ落としたものを作りたい。
「作りたい」という意志も、「面白さ」さえも雑音になっちゃうくらい
純度の高いものを作りたいなと。
ようするに、猫を描きたいんですね。
あれっ、みんな知ってた?そっか~…
人を楽しませるものから離れるくらいなので、おそらく
そういうもので生活は成り立たないでしょう。
それはふつう、仕事ではなく趣味って言いますね。
定年後に蕎麦打ちを始めるひとの心境になってるだけだったりして、という気もする。
最近俳句や禅にハマっているくらいだし、あやしい…
でも、しばらく、やれるところまではやってみようと思います。
パート仕事さがさないと…
商業から離れるとはいえ、『私という猫』の紙の書籍の
復刊の計画があるのでそれはやります。
なぜかこれだけいまだに「紙でほしい」と声が届きます。
いい本にするから待っててね。
ほかにも「肩書き漫画家」としての企画も進行中で、
キレの悪い小便みたいにまだ漫画界隈をちょぼちょぼうろつくことはあるかと思います。
漫画という表現については…うーん、
自主制作していた飼い猫の日常漫画や「ピッ子とおきゃくさん」など、
続けたい気持ちがなくはないけれどどうかなあ。しばらくはないかなあ。
まあそのときはまたそのときで。
…というお知らせでした。
長文になるだろうと思ったら本当に超長文になっちゃった。
最後まで読むひといるのかなこれ。
ではまた。
猫は宇宙
イシデ電