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【読書感想文】『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)三宅香帆・著

「ちくしょう、労働のせいで本が読めない!
社会人1年目、私はショックを受けていました。」

冒頭、著者の心の叫び声からこの本は始まります。
読書が好きで仕方なかった著者は、本をたくさん買うために就職したようなものなのに、気がつけばスマホばかりいじって好きだった読書ができていなかったことに強いショックを受けます。何かがおかしいと。

「本を読む余裕のない社会って、おかしくないですか?」

この疑問をウェブ連載でぶつけ続けていたところ、著者に多く集まった感想は、
「自分もそうだった」という声だったそうです。

読書史と労働史

本書では明治時代から現代までの労働者たちの読書に関する歴史を紐解きながら、「働くこと」とは何かを考察していく話になっています。

当時の日本人たちがどんな本を読みながら、どんなモチベーションで働いていたのか、その様子が窺えます。

明治から大正時代は「修養」という名の自己啓発本が流行り、立身出世すること、地位や名誉のために読書することがモチベーションでした。

戦前から戦後ではサラリーマンという大企業エリートやホワイトカラーなどの「新中産階級」(ちなみに自営業者や家族経営従事者などは「旧中間階級」)が誕生し、エリート階層に追いつきたいがために教養としての読書が流行っていきます。

オイルショックからバブル期、高度経済成長を終えた頃の日本ではジャパン・アズ・ナンバーワンであり、「会社での出世欲」が最大であるものの、読書は出世のためというよりはテレビと連動しながら「大衆娯楽」としての立ち位置なります。書籍が一番売れていた時期でもあります。

そして、バブル崩壊後から現代までは著しく民営化やグローバル化によって労働環境が変化。さらにインターネットの登場により情報社会が到来。社会に対しての関心よりも個人に関する情報、「自己実現のため」の自己啓発本が読まれるようになっていきます。

時代に合わない労働時間

ここで、日本での現代に合わない長時間労働があまりに非効率的であり、そのために働きながら本が読めない社会になってしまっている、と著者は指摘します。

多くの日本企業は「終身雇用」の考えが前提であり、社員の面倒見がいい反面、この景気が悪い状態では多額の固定費(研修費など)が企業経営を圧迫させ、仕方なく残業代などを切詰め長時間労働となっていってしまいます。

さらに、「新自由主義」という現代の考え方は、自己責任と自己決定を重視するもので、一個人に対して競争心を煽ることで自らを戦いに参加させられる構造になってしまっているとも指摘。

これが今の社会の問題点であり、個人が自ら「頑張り過ぎたくなってしまう」という仕組みが出来上がってしまっているのが現代社会だと言います。

またさらに、困ったことに、死ぬほど働くこと「燃え尽き症候群」という言葉に酔いしれてしまう労働者も少ないことも問題点として挙げられています。

確かに、仕事が忙しいことはいいことだ、という考えは少なくとも現代社会的に受け入れられているところは感じます。しかも、日本だけでなくアメリカでも同じことがいえ、「燃え尽き症候群」つまり「バーンアウト」して、うつ病になってしまっているケースが増えている問題があると言います。

働き過ぎの現代人

こうみると、なんとも権力者にとっては都合のいい社会になっていることかと思ってしまいます。「社畜」という言葉も流行りもしました。奴隷自ら自己洗脳して、「頑張るぞ」と死ぬほど働いて燃え尽きてしまい、好きなことや趣味の時間も取れずにうつ病になり、抗うつ剤をサブスクしていく。製薬会社も笑いが止まらないことでしょう。

やっぱり、働き過ぎな現代人って、どこかおかしいですよね。こんなに便利な時代で効率的に仕事ができるはずなのに、今まで以上に働いている。落ち着いて考えれば気付きますよね、どこかいき過ぎている労働環境であることに。

現代社会の「働く」ということに関しての価値観も、どこか狂っていると思っていもいいと思います。もっと見直すべきでしょう。

著者も「全身全霊」で働くのではなく、「半身社会」で、働きながら好きな読書ができる社会を作っていきましょうと提言されています。

今一度、「働く」こととはどういうことなのか。死ぬほど働いているのに全く自由になれていない異常な状態であることに気づかせてくれる、そのきっかけを与えてくれるのが本書だと思います。


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