有能な教師は手振りを使う
私は以前、このnoteにおける「リフレク帳(ヒント帳)98」で、算数学習での「手」と「オノマトペ」を使うことの有効性について述べました。
1年生の算数の加法・減法を例に、「手」と「オノマトペ」を用いることで、「足す」「引く」などの概念理解が進みやすくなること、それによって、やがて手を使わずとも、「足す」「引く」ことの意味を文章問題や現実の場面から読み取れるようになるという実践知をお伝えしました。
その際に、「オノマトペ」を使うとなぜ効果的なのかのということについての理論的根拠として、今井むつみ氏と秋田喜美氏による『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書 2023)を示しました。「記号接地問題」に関わっていました(その後、この本がベストセラーになったことを知り、その内容が画期的であったことを改めて感じました)。
今回は、「手」を用いることの有効性の根拠が、前回の記事「リフレク帳179」で紹介した『教育効果を可視化する学習科学』(ジョン・ハッティ、グレゴリー・イエーツ 原田信之ほか訳 北大路書房 2020)に求められるので、まずそのことをお伝えします。
同書の示す研究では、106人の就学前学校の生徒に対して、数学の問題をどのようにして解くかを説明する課題に取り組ませて観察したところ、35人の生徒が、知識や方略を言葉では表現できなくても手振りで示していたのだそうです。つまり、1/3の生徒が、言葉だけで分析するよりも、より高次の理解を手振りで示していたということです。また、数学の課題を説明するときに、意識的にジェスチャー(身振り手振り)を使って行うように依頼した実験では、生徒たちは、課題を解く際に使った方略をよりよく理解したといいます。さらに、その活発に意図的に手振りを使って説明するように指導された生徒たちは、続けて出された2問目に、よりすぐれた答えを導き出したそうです。この第2の課題は、方程式の等式の規則に関する学習を含んだものであり、就学前学校の生徒たちにとっては明らかに発展的な課題だったにもかかわらずです。(pp.218-219)
身振り、すなわち「手」を使って問題解決に取り組ませることが、子供の「問題」や「解き方」の理解を助け、解くための方略を向上させることに繋がるのです。
さらに、「手振り」の効果は、それだけではありません。
教師の指導効果を高める働きも有しているのだそうです。
同書によると、ある調査では、14か月の赤ちゃんがジェスチャーを使う程度は、保護者がその子とコミュニケーションをとるときに、どれだけジェスチャーを使用していたかに深く関係することを指摘しているそうです。
同書ではこれらの結果から、学校に置き換えるならば次のことが示唆されると述べています。「(a)教師が授業でジェスチャーを使って伝えた情報を生徒はよく学習する。(b)指導の方略として教師が授業でのプレゼンに手振りを意識的に使用すれば、生徒は授業からより多くのことを学ぶ。(c)低年齢期の子どもたちは、教師が重要なところを大きな手振りで示せば、有能な教師だとみなす。」(p.221)
実はこれらの内容は、教師ならば思い当たるという人が多いのではないでしょうか。
特に3点目については、低学年の担任教師が大げさとも思えるほどの身振り手振りを使って子供に説明をしている場面をしばしば見かけていると思います。そして、低学年の教室を参観すると感じられることが多い温かな雰囲気は、こうした指導方法が一因となって形成される教師と子どもの人間関係が醸し出しているものだということも見えてきます。
実践知に基づくものであろう大きくわかりやすいジェスチャーは、子供が理解をすることを助けるとともに、教師にとっては子供との関係をよりよいものにする手段にもなっているのです。
使わない「手」は、ありませんね。
ただし、ジェスチャーの効用なら思い当たるといっても、それはあくまでも情報の説明を付加する程度であり、抽象的な内容の伝達における効果は薄いと思っていませんか。
そうではないというのが、最新の研究結果だそうです。
子供たちは、多くの情報を大人のジェスチャーから読み取るのだそうです。
つまり、たとえ無意識な動きであったとしても、子供は教師の腕や手、身体の動きから情報を読み取り、学習をしているのだということです。
だから、有能な教師は、自分の「手」の動きに常に注意を払おうと努めるのです。
それは困難なことに感じるかもしれませんが、その動きはやがて身体化されて、無意識な動きになるのです。