ショートショート 08,愛犬の教え
我が家では子供が生まれた時一緒に犬も飼うというルールがある。
「子供が生まれたら犬を飼いなさい。
子供が赤ん坊の時、子供の良き守り手となるでしょう。
子供が幼年期の時、子供の良き遊び相手となるでしょう。
子供が少年期の時、子供の良き理解者となるでしょう。
そして子供が青年になった時、
自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。」
という有名な詩を参考にしてできたルールだ。
現在14歳の娘はメスの「紬」。10歳の息子はオスの「虎太郎」という名前の柴犬をそれぞれ飼っている。
犬で言う14歳と10歳は人間で言うとそれぞれ72歳と56歳でそれなりに高齢だが今でも元気に遊んでいる。
2匹はいつも一緒にいる。散歩、食事、遊び、寝る時まで一緒だ。もう夫婦と言っても過言ではない。
隣り合った犬小屋でそれぞれ飼っていたが基本片方は空き部屋になっているほどずっと一緒だったので犬小屋をぶち抜いて一つにしたほどだ。
そんな中、ある日を境に紬が散歩に行かなくなった。今までは雨の日も風の日も欠かさず、家族総出で40分の旅をしていたが、足腰を悪くしたのか犬小屋から出てきてもそれ以上足を進めることがない。
合わせて虎太郎も散歩に行かなくなった。虎太郎にとって大事なことは散歩よりも紬と一緒にいることなのか、常に紬のそばに寄り添い変わらぬ夫婦仲を見せつけてくる。
だが散歩に行かないと言うのは飼い主としてはとても心配だ。歳のせいだと紬は仕方ないにしても、せめて虎太郎だけでもと、無理矢理リードを繋ぎ庭の外へと連れ出した。
燦々と照りつける日差しが眩しい時間。久々の散歩にこの天気は逆に酷だと思い「今日は早めに切り上げるかー」なんて思って一歩踏み出すと後ろから紬がついて来た。
目の前の光景に目を擦ったが、いつものたどたどしい歩き方を忘れてしまうほど綺麗なフォームで近づいてくる。
これが愛のなす力なのかと、無理していないのかと、とても心配になったが、14歳の余裕のある表情と堂々とした姿に問題ないと思い、「本当に早めに切り上げよう」と決意し、いつもの道を歩き出す。
久々の夫婦での散歩。相変わらず2匹は近い距離で、いつもよりゆっくり、一歩一歩地面を踏み締める。
散歩道の終盤に差し掛かった頃、同じく犬の散歩をする同級生とばったり遭遇し、そのまま世間話が始まった。
「ここで会うのは久しぶりだね!紬ちゃんの足良くなったの?」
「流石に散歩しないと体に悪いかなって思って虎太郎だけでもって無理矢理引っ張ってきたら紬も付いてきてねー。」
「えーっ!なんかすごい夫婦愛だね!なんか漫画みたーい」
「ねー」
そんな会話をして足を止めている間、3匹の様子を気にも留めてなかったが、どうやら紬の様子がおかしいようだ。友人の犬に敵意むき出しで威嚇態勢に入ってる。逆に虎太郎はと言うと、千切れるほど尻尾を振り回し、息苦しく呼吸する長いベロの真下でよだれの水溜りを作っていた。
「そう言えば聞けてなかってけどその子今いくつなの?」
「この前やっと3歳になったばかりかな?人間で言うと30歳くらい」
「その子性別は?」
「えっ?!まあメスだけど。そう言えば前にここで会った時も虎太郎大喜びだったよ…ねー…」
「・・・」
一瞬の沈黙ののち理解する。紬は足腰が悪くなったわけではなかったのだ。このエロ犬と友人の犬を会わせたくなかったのだろう。嫉妬深い紬は、散歩という犬にとっての必須栄養素を捨ててまで夫婦の愛を保ってきたというのに、当のエロ犬はそんなことに一切気付かず、老体に鞭を打ってよだれ溜りの上で必死に腰を振っている。
紬の境遇に心底同情しながら、散歩道の変更を余儀なくさせた虎太郎の可愛いけつを眺め、犬を飼いなさいの詩を思い出す。
表ではその身を持って夫婦の愛の素晴らしさ、尊さを教えてくれていたが、裏ではその身を持ってドロドロとした韓国ドラマのような恋愛、そして抑えきれない本能を教えてくれたのであった。