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ショートショート07,思い出の屋台

今日は大学のサークルの打ち上げ。20人ほどのメンバーが参加し、チェーン店の居酒屋でどんちゃん騒ぎ。


「今日はこの店から酒をなくすよー」
「ほらそこ全然飲んでなくない!?」
「なーに持ってんの!なーに持ってんの!」


下品なコールと酒が次々と出てくる、とても汚い飲み会。僕はこの雰囲気についていけず、ただ1人隅の方でウーロン茶を飲んでいた。


「はあ…このサークルはこんな汚い飲み会するサークルだったのか…」


普段はボランティアの活動をしていて、僕に会うかなと思って入ったのに、蓋を開けてしまえばこれ。会が始まってまだ30分も経っていないが、僕はもう荷物と参加費をまとめ、帰る準備を始めた。

その様子に気づいたのか、1人の女性が僕の方にでかいジョッキを持ってズケズケとやってくる。


「え〜もう帰んの?楽しくなるのはここからなのにもったいないな〜。ほらほらせめて一杯だけでも呑もうよー!」

「いやいいです。僕こんな雰囲気苦手なんですよね。サークルの活動内容は肌に合ってて良さそうだったけど、この飲み会の姿見せられるとちょっともう続けられそうにないので、ここで帰った方が僕とみんなのためかと……」

「そんな固いこと言わないの!ほら呑んでみてよ!サークル単位で話しが合わないならひとまず私と話そうよ〜」


こうなるくらいなら後5分早く帰るべきだったと後悔したが、時すでに遅し。もう目の前の女性にロックオンされて帰れない状況だ。仕方ない今日だけ。こうして僕の目の前にハイボールが運ばれてきた。

話してみると案外楽しい。そして、話してみて分かった衝撃の事実も発覚した。僕は彼女がてっきり先輩だと思っていたけれど、実は同級生だったのだ。誕生月や出身県も同じで何かシンパシーを感じた。もう少し僕が勉強を頑張っていれば同じ高校に行っていたことも分かり、そんな自虐も交えながら、地元の話で盛りがった。

会も中盤に差し掛かってきた頃、彼女から衝撃の提案。


「ねぇ…2人で抜け出さない…?」
「うっふ!」


漫画でしか見たことがないセリフが僕の耳元からはっきり再生され、僕は梅酒でむせる。「漫画の主人公ならきっとここで…」とか、「いやこれは絶対罠だ…」とか、「ここで行かないと末代の恥じゃぞ」…とか頭の中で天使と悪魔とご先祖様が戦っている。
アルコールと初めてリアルで聞くセリフに顔を赤らめうんうん悩んでいると彼女から


「だめ…?」


と上目遣いのアピール。頭の中で戦っていたもの全てが股間からの衝撃に敗れ、僕は迷わず「はい。」と返事をした。
僕は彼女の渾身の右ストレートに撃ち抜かれたのだった。

こうして僕は机の上に参加費と退部届を叩きつけ、彼女と共に店を後にした。

こうなったら次の行き先は一択。どの漫画でもドラマでも小説でも、必ずホテルに行く!そんな迷信をすっかり信じ込み僕はホテルを探す。でも彼女は違った。

「あーよかった。私もあの雰囲気苦手だったんだよね〜。持ってたジョッキも全部ノンアルだし?僕君のおかげで抜け出せたし?ありがとう!じゃ〜ね〜」

あれ?思っていた物とは全く別の景色が目の前に広がっている。あんなに舞い上がっていた自分がとても恥ずかしくなる。でもここで終わるわけには行かない。というか終わらせたくない!大学デビューして初めて親しく話した同級生。話も合うし、これからももっと話したい!その一心で僕は彼女を追いかけた。


「待ってください!僕はまだあなたとお話しがしたいです」


彼女は驚いた顔をして、いいよと優しく微笑んでくれた。

でも、行き先は何も考えていない。今ホテルなんて誘おう物なら、本物の右ストレートが飛んでくるだろう。
咄嗟に周りを見渡すと、小さな屋台を発見した。
カウンターが4席、醤油ラーメンのみの屋台。
飲みの〆、静かな雰囲気、エモさ、全てが完璧だと思う。


「あそこの屋台に行かない?」
「女の子をいきなりラーメンに誘うなんていい度胸してるねー」
「ご、ごめん」


あー、、ラーメンは違ったか。完璧だと思ったのに思わぬ落とし穴。


「でも、ありがと。」
「えっ…?」
「こんなとこ、1人じゃ絶対行かないもん。僕君が誘ってくれなかったら、一生行ってないと思うから。」


彼女の優しさとホテルを選ばなかった自分に感謝して、
僕は彼女と暖簾をくぐった。
そこから30分2人だけの空間で他愛のない話をした。


「抜け出すために僕君を使ったことは事実だけど、君となら抜け出してもいいと思ったのも事実だからね!」
「またまたそんな冗談を〜!」


酒の勢いもあり話が進む。2人の仲も少しずつ進展していく。最後のスープを飲み切るまで2人の話が尽きることはなかった。
こうして話した30分間。僕にとってはかけがえのないものだ。そして今食べたラーメンの味ももう忘れないだろう。


それから数年。
僕にとって思い出の味だがあの日以降、あの屋台が現れないため、もう食べることができない伝説の味となってしまった。


「あのラーメンの味は多分何かのインスタントにこの出汁を加えてると思うんだよな〜。麺の種類、硬さはこれでばっちりだと思うんだけど、なーんか物足りないな〜」


あの日から毎週土曜日、晩酌後、あの味の再現をするべく頭を抱えながら、家のキッチンに立っている。


2人で



「どうして僕を選んでくれたの?」
「まぁフィーリングだけど、あの日誘った場所がホテルなら、今はなかったよね。」



今日もあの日と違うラーメンを啜りながら、思い出を語り合った。

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