新たなまちの歴史をみんなとつくるエリアマネジメント
記念すべき第1回目は、札幌駅前通地区を中心にエリアマネジメントに取り組む内川亜紀さんです。内川さんは、石塚計画デザイン事務所(以下、石デ)で共に働いていた仲間でした。札幌駅前通まちづくり株式会社(以下、まち会社)によるこれまでの10年の取組を振り返りながら、お話をお聞きしました。
建築学科で歴史的建造物や風景の保全を学んだ学生時代
安富:学生時代にはどんな研究をされていたんですか。
内川:大学では建築学科で建築史を学んでいました。建造物の保存修理に興味をもつようになって、それを専門的に学べる大学院に進学しました。
安富:もともと建築に興味があったんですか?
内川:最初は建築設計・デザインをやってみたいと思ったけれど、授業を受けながら、自分には向いてないかもと思いまして。
安富:そうなんですね。大学院時代は歴史的なまちをフィールドに研究したんですか?
内川:研究室で関わっている現場がいくつかあって、寺や邸宅の歴史調査や実測調査などをしていました。でもなぜか修論は、全然違う屋敷林の風景を保全するというテーマで研究しました。(笑)
安富:屋敷林というと、例えば、富田林とか、そういったイメージ?
内川:いろいろ見に行って、長野の安曇野に本棟造という伝統的建造物と屋敷林が広がる風景があって、そこをフィールドに、一生懸命駆けずり回って足で稼ぐ論文を書きました。
安富:私も建築史研究室の出身なんですよ!その話だけで何時間も話せそう(笑)
内川:建物の修復もおもしろいんですけど、まちの風景を保全するというは大切なことだし、建物の保存は所有者さんあってのことですが、まちの風景ってみんなのものでもあると思うので、それを学び・考える機会になりました。生活景という言葉もありますね。
大学助手時代の講演依頼がきっかけで、石デで働くことに
安富:石デとつながる最初のきっかけは?
内川:大学院の研究室に残り3年ほど助手をしていた頃に、保存修理やまちなみ保全などの活動について講師を呼んでお話を聞く機会があって、石塚さん(弊社顧問、石塚雅明)に講師を依頼したことが最初のご縁です。
安富:内川さんが、石塚さんの話を聞いてみたかったということですか?
内川:そうです。それで、その頃ちょうど私の助手の任期満了が迫っていたこともあり、石デでアルバイトをすることになりました。
安富:石デの仕事はまちづくりで、研究テーマとのギャップは特に感じなかったですか?
内川:特に違和感はなかったです。今まで文化財の修復などの分野に関わっていましたが、歴史的な環境の保全も、そのまちや集落での暮らしや活動とセットで考えないと意味がないので、広い意味のまちづくりを知るというのはおもしろそうだなと思いました。
見たこともないおもしろい施設の運営に携わってみない?と誘われて
安富:まち会社の立ち上げに関わるきっかけは?
内川:「チ・カ・ホ(札幌駅前通地下歩行空間)という見たことのないおもしろい施設ができるから、運営に携わってみない?」って石塚さんに誘われました。
安富:石デ・東京事務所で仕事を始めて半年後には札幌に移住!って早い!普通だったら、一瞬躊躇しそうだけど(笑)
内川:ずっと歴史的建造物に関わってきたけれど、これからできるものも50年経てば文化財になるかもしれないし、そういう機会に出くわすことはそうそうないかもしれない。
新しく始まるものの歴史を見ていけることは、これは面白いことかもしれない!札幌行ってみよう!と。
ダメだったら諦めればいいし、まずやってみようと思いました。そういう時の決断はわりと早いかもしれないですね。
まち会社の立ち上げで多忙な日々
安富:立ち上げまではどんな毎日でした?
内川:最初の頃はそんなに忙しくなくて。オープンする2ヶ月くらい前になって、例えば、広告代理店の人とか会ったことのないようないろいろな職種の人と打合せをするようになりました。
イベントの申込受付も並行して始めたので、市民の人と直接会ったり、メディア対応なども徐々に始まりました。オープンまでは日々奔走していました。
安富:チ・カ・ホのオープン前日に、東日本大震災が起こり、オープニングイベントも大半が中止になったと聞きました。
内川:そうですね。ただ、大通地区と一緒に取り組んだサッポロまちけっと(商品券)やお買い物マラソンなどは継続しました。
チ・カ・ホの開通をきっかけに、札幌駅と大通駅がつながるというコンセプトがあったので、こういった企画などは実施することができました。
その準備はほとんど大通のまち会社(札幌大通まちづくり株式会社)さんが進めてくれていました。
安富:多くの方々が尽力されて、地域内の連携は止めずに進められたんですね。
つながりを糧にトライ・アンド・エラーで進めた公共空間活用
安富:今では公共空間活用のリーディングケースとして、チ・カ・ホ、アカプラが全国的にも注目されていると思うんですけど、いろいろな人や組織とのパートナーシップを築くうえで工夫したことはありましたか?
内川:チ・カ・ホがオープンする前は、石塚さんが「この人に会った方がいい」「ここに行ってみたらいい」と紹介してくれて、たくさん機会をつくってくれました。オープンして1年間くらいは、チ・カ・ホを使ってもらうために「こういう使い方をしてほしい」というモデルを多くの人に知っていただく企画を自分たちで実施していました。
安富:いろいろな活用事業をトライ・アンド・エラーで、チャレンジしていたんですね。
内川:それと、最初は地元の人たちも、まち会社って何?という感覚があったと思うんです。だから、取組成果を数字としてわかりやすく紹介することに努めました。
また、まず使ってくれる人を増やそうと、最初の頃はあまりルールに縛られすぎず、どんどん使ってもらうようにしました。
安富:使ってくれる人やファンが増えてきたという手応えを感じたのはいつごろからでしたか?
内川: 2011年3月オープンですが、2012年くらいには、すでにリピーターが増えきたと感じました。
アカプラができて、活用の選択肢や可能性が広がった
安富:公共空間の活用の方法や担い手の基盤がだんだん整ってきて、徐々に、周辺企業やビジネスパーソンとの連携も充実してきた感じですか?
内川:それができるようになったのは2012~13年くらいです。きっかけは、アカプラの整備に向けた実証実験を行うために、その時に地域の方々と「活性化検討委員会(現:札幌駅前通地区活性化委員会)」をつくって、まち会社が事務局になりました。
それでやっと私としては地域の人の顔が見えるようになってきたなと思います。2012年のときには、日常の利活用のため実験や駅前通の歩道部でオープンカフェも実施しました。
そういった意味でいくと、アカプラができたのは大きいですね。
安富:チ・カ・ホだけではなく、地上部が活用できるようになったというのも大きいですね。
内川:そうです。チ・カ・ホができてから、地上を人が歩かないと言われていて、お店の減少も心配されていた中で、地上で何か仕掛けることのできる場があるというは大きくて。
「フラワーカーペット」も「八月祭」も、アカプラのオープニングイベントのひとつだったんですけど、それが今地域のイベントとして定着していっているというのも一つ大きなことかなと。
安富:公共空間の活用が、お祭りのような、ある意味で地域の新たな伝統をつくったというのはとても興味深いですよね。
内川:神社とかが近くにあれば、地域の中ではそのお祭りが1番のイベントになると思うけれど、都心部の駅前通地区にはそれはないから、一から新しいものを企画して作っていきました。そういう場に立ち会えたのはよかったなと思います。
10年かけて、やっと札幌駅前通地区の一員になれた実感
安富:最初はエリマネとは何かがわからない中で、10年間突っ走ってみて、今、何か手応えや感じていることはありますか?
内川:最近よく「エリマネは特殊な取組なんでしょ」「こういう知識がないとだめですよね」と聞かれることがあるんですけど、そんなことはないと断言したいと思います。
安富:まちに対して興味を持つとか、人とつながることを楽しむとか、そういうマインドが大切なんでしょうか?
内川:そうかもしれないです。私はエリマネ団体で働いていますけど、内川という個人は、ただ、そのエリアにいる一人の人なんだと思っています。
それさえしっかりあればやっていけると思っています。それから、学生時代に取り組んでいた伝統的建造物や街並みの調査では、歴史的な経緯など過去のプロセスを大切にして、紐解いていきます。
エリマネは将来のプロセスをみんなで考え、つくっていくんですよね。もちろん過去も大切にするけど、将来をどうつくるか、そういうことを感じることができるようになったかなと思います。
安富:その視点はおもしろいですね。自分がエリアの一員として、責任を持って関わる一人なんだという立ち位置がはっきりすると、それだけでもいろいろな人が信頼して繋がってくれるのかもしれないですね。
内川:私が最初に駅前通地区に来た時は、多分、よそ者の目線だったんです。札幌と比較するものはまず私が住んでいた東京から始まるんですけど、10年間経ってくると、よそ者の目線が少しずつなくなってきて、地元の目線にどんどん切り替わってきて地区の一人になれてきているのかなという感じがします。
開発を通じて魅力的な街並み空間が積み重なるお手伝いがしたい
安富:では最後に、内川さんが、これから10年後・20年後に実現したいことや大切にしていきたいことを教えてください。
内川:目標は2つあります。
1つ目は、現在、札幌駅前通地区で開発を行う際の事前協議の場に事務局として関わっているんですが、開発案件ごとに検討したプロセス、空間整備のポイント、空間活用の仕組みづくりの工夫はこうだった、ときちんと評価・整理して、言語化していきたいということがあります。
今後の新たな開発をよりよくするためのアドバイスにつながりますし、そのアーカイブが、札幌駅前通地区の街並み形成の将来にとっての大切な財産になります。
安富:開発を単に審査するということではなく、開発実績を通じて、「札幌駅前通地区で開発する時って、こういう価値を一緒につくりたいから、このような整備をめざそう」といった共通言語をつくって、さらに価値ある開発につなげていくスパイラルですね。
内川:とても大切な取組であり、重たい宿題でもあると思っています。
安富:重たい宿題だけれども、一緒に考えていけるといいですね。
札幌駅前通地区の一員になる人を、もっと増やしたい
内川:2つ目は、これから札幌駅前通地区で進められる開発は、施主さんや事業者さんにとって大切な事業であることはもちろんですが、まちで過ごす一人一人が、まちを使い育てる当事者になれるようなきっかけを提供する事業になったらいいなと思っています。
自分の「やりたい」が、誰かの「楽しい・ウキウキする」になるような、橋渡しのお手伝いができたらいいなと。
安富:まち会社設立当初は、エリマネ関係団体、地権者のみなさん、札幌市などが、エリアマネジメントの基礎的な仕組みづくりに尽力されたと思います。そして、10年がたった今、多くの人が自分ごととしてエリアマネジメントを動かす一員になれる環境が整った。そんな時期にきているのかなと感じました。
内川:地域の人が、まちを自分ごととして捉えていけるような関係性を編み直していけたらいいなと思っています。
(聞き手:安富啓 文:kuratame)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?