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才能とやりたいこと

ある居酒屋でのこと。

「砂男さん、さっきからあの店員さんの事、チラッチラ見てますよね?」

「え?そう?そんなことないよ」

咲は『飲み友達』というほど歳は近くはないのだが、他の言い方がない。
異性ではあるが、お互いに恋愛意識は全くなく、100%男女の関係のなることのない、それだけにとても気楽で、たまに飲むだけの関係だ。これを略すとやはり『飲み友達』ということになる。

安い酒に全く抵抗のない咲なので今日も店を選ぶこともなく、家から一番近いモンテローザグループの居酒屋に来た。

「いや、見てますって。砂男さんって、ああいう子が好みのタイプなんですか?」

「いや、全然そういうんじゃないよ。でも。いい接客するなと思って」

店に入ってすぐに挨拶してくれたその女性スタッフ、名札には『坂下』と名前が書かれている。
笑顔がいい。声が大きい。元気なオーラが体全体から出てる。接客としてはほぼ満点である。

「へぇー、でもかわいい子ですよね」

「いや、顔のことじゃなくてね。なかなかここまでの接客できる子いないから。ここの正社員かな」

「今度こっちに来たら私が聞いてあげますよ。おじさんが聞くといやらしくなるでしょうから 笑」

そう言うと咲はテーブルの注文ボタンを押した。


狙い通り、坂下さんが注文を聞きにやって来る。

咲が声をかける。

「ビールを二つで」

「生ビール二つですね。かしこまりました」

坂下さんは笑顔で軽快に応えた。

「お姉さん、おいくつなんですか?」

「あ、私ですか?21歳です」

「へぇー、私の5つ下だ。見えない!学生さん?」

「あ、いえ。ここはアルバイトで」

グイグイ突っ込んでいく咲。早い時間で店も暇なのだろう。坂下さんも会話に付き合ってくれる。

「あ、いえ。ここはアルバイトで」

「本業は他にあるってこと? 会社員?」

「はい。実は… 」

「実は?」

坂下さんが少し恥ずかしそうにしながら、答えた。

「私、アイドル活動をやってまして」

「えー、そうなの? なんていう名前でやってるの?」

「このままです」

坂下さんは、胸の名札を指さした。

本名で出ているらしい。



注文が終わるとビールが到着する前に、咲はスマホで検索し始める。

「砂男さん、ちょっと見てくださいよ。これ、彼女ですよ」

「どれどれ。おー、なかなか人気あるんだね。お客さんいっぱいじゃん」

Youtubeには彼女のライブ映像が流れている。

思いっきりアイドルだ。

曲も声も歌い方も踊り方も、思った以上にアイドルだ。おっさん達の野太い声援が飛び交っている。


「CDも出してるみたい。砂男さん、買ってあげてくださいよ」

「俺はいらないよ~。昔、本田美奈子の握手会でレコード買って握手してもらったことあるけどさ。もうアイドルには興味ないよ~」

「でも、こんなに彼女がんばってるじゃないですか。居酒屋で汗水流して働いて、汚いおっさんと握手して。売れて欲しいなー」

「まあね、頑張ってる若い子には成功して欲しいと思うけど。でもなー、才能の世界だから。頑張ってるなんて当たり前なんだよ。残念ながら、努力は才能を凌駕できない」

「冷たい!」

「いや、現実を話してるだけだよ。ただね、アイドルとして大成できるかどうかはわからないけど、彼女には才能がある。
あの笑顔、元気、ハキハキした声、物怖じしない態度、目的のためならどんな努力でもする根性。彼女が歩合制の営業でもやれば簡単に年収1,000万いけると思う。これを生かさない手はないんだけどなー、もったいない」

「でも、今彼女は自分がやりたい仕事をしてるんですよ。売りたくないもの売ってお金稼ぎなんて、したくもないと思いますよ」

「そうだろうね。お金のためにやってるんじゃないだろうね」

Youtubeの中の坂下さんは元気に飛び跳ねている。

本当に楽しそうだ。



「お待たせしましたー、生ビールでーす!」

化粧も落ちてる汗いっぱいの顔で、坂下さんが元気にビールを持ってきた。

咲が話かける。

「坂下さん!見たよ、すごいね。かわいい!」

「ありがとうございます!」



咲は坂下さんを少しうらやましく思っているのかもしれない。

やりたい事でうまくいかず、くすぶっている自分をなんとかしたいと、咲も思っている様子なのだが…



帰り際。出口で坂下さんが見送ってくれた。

「ありがとうございましたー!」

「頑張ってねー!また来るね。私、応援してるから!」



みんなそれぞれ才能は持っているが、それが自分のやりたい事とピタリと合うことは少ない。

いわゆる天才と呼ばれている人たちは、才能とやりたいことがピタッと合致しているのだと思う。
イチローがサッカーを好きだったり、ケイスケホンダが野球を好きだったら、彼らに今の栄光はなかったかもしれない。


現実には案外、やりたくない事が自分の才能を発揮できる分野だったりするものだ。

やりたい事をやっていても、そこで結果が出せるとは限らない。

むしろ、やりたい事をやっている方が苦しい場合もある。


だが、それでも自分のやりたいことにチャレンジするのは悪い事じゃないと思う。

思いっきりやって、もしそれでダメだったとしても。

ちゃんと自分の才能を生かせる場所はあるのだから。


だからとりあえず今は、自分の納得できるところまで頑張ったらいいと思うよ。

坂下さんも咲も。

そこに君の才能があるかもしれない。

応援してるから。





※『坂下』は仮名です。

ちなみにトップ画は『本田美奈子』さんの1986年にリリースしたシングル『The Cross』のジャケットより。今から34年前、当時19歳してこの美しさ。今の時代に生まれていても世に出ていたことだろう。
その圧倒的な歌唱力を武器に、アイドルの枠を超えていた彼女のこの曲は、作曲したのはゲイリー・ムーアで彼自身も後にセルフカバーしている。

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