大切なことは全てキャバクラで教えてもらった。
「おう、お疲れ様ー。今月もありがとー」
月末最終日。やっと仕事が終わり、ビルの外に出て時計を見ると22時を回っていた。
「ふぅ。こんな時間か」
仕事中は噴出しているアドレナリンのせいなのか疲れも感じない。だが、会社のあるビルを出て、仕事の連中と別れると、急速に身体の重さを感じ始める。
ふとLINEを見ると通知が一件入っている。
「仕事中? ねぇ、今夜お店が静かなの。終わったら逢いに来て!」
【キャバクラマメ知識①】
「ヒマ」という単語は使わない。「静か」と表現するのが品とされている。
カランコロン♪
「いらっしゃーい!来てくれたんだー。うれしぃー」
「なんだ、けっこうお客さん来てるじゃん。ヒマだと思ったから来たのに」
【キャバクラマメ知識②】
昨今の営業活動の手段には主にLINEが使われる。大切なのは内容よりも接触頻度だ。例えば『おはようLINE』は仕事用に作ったアカウントから一斉送信し、反応があった客にだけ対応する。投入する時間に対して効果が高い営業活動である。
「そうだね~。さっきまで静かだったのにね。いいから、いいから。こっちこっちw」
多恵はこの店のチイママだ。ナンバー1は大学を卒業したばかりの蘭に奪われてしまったが、28歳、まだまだ積極的に活動をしている。
【キャバクラマメ知識③】
席に着くと、ボーイがやってきて一応「ご指名は」と聞く。「多恵で」と応える。これで指名料が発生する。おじさん達のディズニーランドでは何でもお金が必要なのだ。
「あ、ボトル。どうする?」
「あれ?この前、そんな飲んだっけ?」
【キャバクラマメ知識④】
ボトルキープ。ボトルを買ってそのお酒を飲むシステムだが、入れるボトルによってはその方が安くつく。ボトルを入れてないと、女の子は一杯1,000円以上するドリンクを注文することになる。むろん、断ればいいのだが、僕にはそんな勇気はない。ちなみにボトルは1万円~10万円以上するものまである。かっこつけずに一番安いのを入れればいい。
「じゃあ、お疲れ様ー。乾杯ー」
【キャバクラマメ知識⑤】
乾杯の時のグラスの位置。女の子が下にするのがマナーだ。写真では片手で持っているが、ワイングラス以外はグラスは両手で持つのがセオリー。
これはキャバクラに限らず、うるさいおっさんはこういう所を見てるので要注意。もてなす方が下、もてなされる方が上、と考えておけばいい。
「今日は遅かったね」
「そうだね、月末だから」
「どうだった?今月は」
「う~ん。まあまあ、なんとか数字は作れたかな」
「すごーい!さすが~」
【キャバクラマメ知識⑥】
キャバ嬢のさしすせそ。
さ「流石ですね」
し「知らなかった〜」
す「すご〜い」
せ「センス良いですね」
そ「そうなんだぁ」
使い古されている手法ではあるが、未だその効果は絶大だ。キャバクラに来るような男は基本バカだからである。
「いや、部下たちががんばってくれたからね」
「かっこいい~。課長!仕事がデキる男~~~」
「まあなw」
【キャバクラマメ知識⑦】
ここでは軽い嘘は許される。嘘とわかっていても乗ってくれるのが一流のキャバ嬢だ。本当は数字はボロボロ、明日の朝部長から「詫びろ詫びろ詫びろー」と電話がかかってくるのは確実だ。だが今だけは、この店の中だけでは「仕事がデキる男」でいさせてくれ。
「あ、ボーイさんに呼ばれちゃった。ちょっと待っててね」
「おう、わかった」
多恵に代わり、初めて顔を見る女の子が席につく。大学生らしい。
「はじめまして、よろしくお願いします。あ、お酒いいですか?」
「うん、どうぞ」
【キャバクラマメ知識⑧】
ボトルの消費はチームプレーだ。その時に飲める人が飲む。こうして何人かで一本のボトルはもって3回。早ければ2回の来店で空になる。
ヘルプの女の子の話はだいたいがつまらない。
だが、こちらのネタの練習相手にはなる。
「ちょっと面白い話し聞きたくない? あのね『うんこの池』っていう話なんだけどね」
【キャバクラマメ知識⑨】
ヘルプ。本指名の女の子が他のお客に呼び出されている時に現れる、いわばつなぎ投手。だが、ほとんどが、座ってるだけで発生する時給を求めている大学生のバイトなので、話がつまらない。
いい感じに場がほぐれ、女子大生を笑わせていたところで、多恵が戻ってきた。
「盛り上がってたじゃない。何の話してたの?」
「あ、いや、その…いろいろとね」
【キャバクラマメ知識⑩】
店内での客の取り合いは壮絶だ。ライオンはウサギを狩るにも全力を尽くす。チイママの多恵は女子大生にも警戒をする。僕が彼女とLINE交換をしたのを見ていたのだろうか。
ボーイがやってきた。
どうやらもう1時間たったらしい。
「どうする?延長する?」
「どうしようかな… 」
【キャバクラマメ知識⑪】
この店に入って1時間、多恵は最初と最後の15分ずつくらいしか席にいない。なのに、延長しろだと? だが、結果はわかっている。
相手はハマの大魔神の真っ青のストッパーだ。逃げられるわけがない。
「延長ありがとうございまーす!だって、砂男さんって他のお客さんと違って楽しいんだも~ん」
「そ、そう?」
「うん。毎日逢いたい~」
【キャバクラマメ知識⑫】
「来店してくれ」「来てくれ」とは言わない。「逢いに来て」だ。しかも「会う」じゃない「逢う」だ。特にこの言葉に意味はないのだが、君は誰かに「逢いたい」と言われた事はあるか? 僕はキャバ嬢以外にはない。
2回の延長の後、多恵は満足したように言った。
「今日はありがとね、逢いに来てくれて」
「ああ、また今度ね」
会計だ。
ボーイが値段だけを書かれた小さな紙を僕に渡した。
5万2,000円。
【キャバクラマメ知識⑬】
うろたえるな。ボトルを入れて2時間以上楽しんだ。その対価としては… いや、高いがうろたえるな。明細を見せろなどと言ってはいけない。1秒であきらめてさっとお金を出そう。一応言っておくが、カードはおススメしない。ヒドイ店だと裏に持っていかれていろいろやられるからだ。この話はまた別で。
「ありがとねー、またねー、あとでLINEするねー」
手を振る多恵に見送られて僕は店を出る。
【キャバクラマメ知識⑭】
一歩店を出れば他人だ。さっきまでは『お客様とキャバ嬢』。それが外では『おっさんと若い女性』になる。キャバ嬢と外で会いたいというおっさんがいるが、やめておいた方がいい。店から離れれば離れるほど、二人の心の距離も遠のいていく。ミッキーマウスはディズニーランドで逢うものだ。
「ふぅ。またお金使っちゃったな… でも… 楽しかったからまあいいか」
たった数時間ではあったが、その間ひどかった仕事のことは忘れ、気持ちを切り替えることができた。
おじさん達のディズニーランドで、
今夜も一人、救われたおじさんがいる。
これでいい… これでいいんだ…
秋の風が冷たかった。
----『モテテンダー』AMEMIYA----
おじさんのラブストーリー
それは予想通り いつも相手はキャバ嬢だ
ずっとそばにいたって 結局ただの細客だ
感情のないアイラブユー それはいつも通り
慣れてしまえば 悪くはないけど
君とのロマンスは金銭面で続きはしないことを知ってる
もっと頻繁に行けて もっとドリンク頼めて
ていうか毎回指名で 君を選べたらよかった
追加ドリンク断って 延長もちろん断って
愛を伝えられたらいいな
いちかばちかホテル誘ったら シッパイ!
君の求めてる客は僕じゃない
辛いけど否めない でも離れ難いのさ
その髪に触れただけでボーイに殴られた
痛~い、いやいやいや 制裁!
それじゃ君にとって僕は何?
答えは分かってる やけくそで暴れたのさ
たった一つ 確かなことがあるとするならば
この店も出禁だ
『クセがスゴいネタGP』見ましたか?AMEMIYAさんの才能に触発されて、記事を書いてみました。みなさまも、キャバクラにぜひ行ってみてください!
(ちなみ僕はもう何年も行ってないので全て時効です。)
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