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『ナイス・エイジ』 #第3回心灯杯


朝早く入るLINEにロクなモノはない。

『今日、来れますか? 話があります』

「ふぅ・・・」

僕はため息をついた。

+++

LINEの送り主は川崎千春。30代前半に見えるその容姿からは、高校生の子供がいるとはとても思えない。本当の年齢は知らないし、知る必要もない。

彼女は当社の最重要顧客であるクライアント企業で、10名ほどの女性陣を束ねているチームリーダーだ。キーパーソンであり絶対に嫌われてはいけない相手。親愛の情を込めて僕は彼女を『千春さん』と呼んでいる。

だが。

人間的には僕は彼女を嫌いだ。

まず高圧的過ぎる。

立場を利用しているつもりはないのだろうが、要求のレベルが高く、絶対にミスを許さない。千春さんの執拗な人格否定に同僚の山田は泣きかけたこともある。

それから不愛想。

美人過ぎるからかもしれないが、「女は愛嬌」なんて言われた時代に育ったはずなのに、ひとかけらの笑顔も見せない。最近はマスクのせいで、その冷徹な目が余計に際立っている。


そんな彼女に僕の個人LINEを教えたのは山田だ。

「今日先方に行った時に、千春さんに聞かれたんでLINE教えちゃいましたけど、大丈夫でしたよね?」

でしたよね、じゃない。なんで事後報告なんだ。

僕は仕事相手とはあくまで仕事の付き合いしかしないタイプだ。

仕事と割り切れば、5時間くらいなら『あなたのことメッチャ好きですビーム』を送り続けられるスキルも持っている。

だが、だからこそ、仕事の相手と仕事以外で付き合うのは嫌なのだ。仕事相手には個人のアドレスは絶対に教えない。

それなのに… 山田のヤツめ… 

+++

どうせクレームだろう。また、チクチクとなじられるのだ。

山田が僕のLINEを彼女に教えなければ朝からこんな想いをすることもなかった。一日が台無しだ。だが過去見返りは何の解決にもならない。

恨み言を言いながら、僕は千春さんに返信した。

『何かありましたか? すぐにお伺いいたします。よろしくお願いいたします』


先方に着くと、千春さんはデスクに座ってパソコンを叩いていた。

「千春さん、おはようございます。あの、何かありました?」

「おはよう。うん、今日はね。ちょっと顔見たかっただけ」

顔を見たかっただけで呼び出すわけがない。本当に顔見たかっただけならバカにしてる。どちらにしても、悪い予感しかしない。

「あ、そうなんですか… 」

「ちょっと場所変えましょ。会議室で。あ、時間は取らせないから」

「あ、はい」


僕は千春さんについて廊下を歩いた。会議室のドアを開けると千春さんが言った。

「ここでちょっと待ってて」

「はい… 」

二人でミーティングするのには広すぎる会議室。いくつかある椅子のドアから一番近いところに僕は座った。

「お待たせ。はい、これ」

「なんですか?これ」

小さな手提げ袋。

「今月誕生日でしょ? 」

「え?なんで知ってるんですか? あ、はい… あの、いえ、ありがとうございます!うれしいです!いやー、千春さんに誕生日プレゼントをもらえるなんて!うわぁー、うれしいなー」

「そう? 喜んでくれて私もうれしいわ」

「あの、これ中身…」

「あとで開けて。恥ずかしいから」

「そうですか…」

「今日の用事はそれだけ。ごめんね、こんな事で呼び出して」

「何をおっしゃいます!もう、本当にうれしいです!ありがとうございます!」

「うん。じゃあ。またね」


車に戻ると、僕はさっそく手提げ袋を開いた。

そこにはメッセージカードが。

『山田君に聞きました。誕生日おめでとう。これからもよろしくね。千春より』

「山田のヤツ… しかし。千春さん、ツンデレかよ」

リボンでくるまれた小さな箱を開けるとそこには・・・

「なんだこれ?石鹸? えっと… ディオール?!」

スマホの検索窓に ” ディオール 石鹸 ” と入れる。

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「これだ。値段は… 4,950円?!」

なんだよこの高級石鹸は。牛乳石鹸よい石鹸なら40個以上買える。牛丼10杯以上食えるぞ。

弱った。ハッキリ言ってしまうが、うれしくもなんともない。むしろ迷惑だ。なんでこんなの… お返しが大変なだけだ。

しかも僕は既婚者だ。これを自宅のバスルームに持って行くわけにはいかない。ハンドソープなら今のご時世言い訳がつく。だが、このいい香りの高級石鹸では意味深だ。

「なにこれ?」「いや、会社関係の人にもらってね」「女の子?」「まあ、そうだね」となるのはもう今から目に見えてる!

もぉ~どうしよぅ~。持って帰ることもできない。


いや、気を取り直して。

とりあえずは仕事をしなければ。

僕は千春さんにLINEを送った。

『千春さん!石鹸なんて!うれしいですー!自分じゃ絶対買わないものですから、今日から使いますね。ありがとうございます!』

そう、これが僕の仕事だ。

すると待っていたかのようにすぐに返信が来た。

『ホント?喜んでくれて私もうれしい!お返しは、おいしいお寿司でも。じゃあね ♡ 』


「千春さん、ナイスエイジだな…」


僕の頭の中で、YMOの『Nice Age』が流れ始めた。



---- YMO『 Nice Age』----

Her toys Are broken boys
彼女のおもちゃは傷ついた男の子たち

Lined heart To heart
ハートからハートへ一直線

At her door Each a burnt-out kiss
彼女のドアの前で燃えるようなキス

On the ruins Of her lips 
破滅的な彼女のくちびる

A measure Of her pleasure
それこそが彼女の喜びそのもの

She's at a Nice age Ripe age
彼女はもういい年齢(とし)
  
Ready to be Killed by the thrill
熟しきってスリルに殺られたがってる


YMOのこのアルバムのタイトルは『増殖』

この時の僕はまだ、これから僕の周りでこれから増えるツンデレのことを、知る由もなかった。



つづく



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